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2年夏、地区予選
「今年のチームは贔屓目抜きで強い。成田の疲労を抑えながら勝ち上がれれば甲子園だって夢じゃない、と俺は思う。そしてそのためには控え投手や打線の頑張りが重要になる。いいか、まずは一勝だ。締まっていくぞ!」
地区予選、初戦前の円陣。監督の檄を俺は白けた気持ちで聞いていた。
成田を中心に、成田を目立たせるための脇役をやれと? この俺に? 冗談じゃない!
俺は密かに決意した。今大会で好投し、甲子園本戦までに必ず主人公の座を奪い返してやる、と。
意気込んだはいいものの、出番がないままトーナメントは早くも3回戦。
先発・成田は初回から好投するも、味方打線もまた沈黙を続け、0―0のまま6回。
接戦である以上投手交代はないかと思われたが、ここで突如として成田が崩れる。ツーアウトから不運な形のヒットを許すと、続く2者連続でフォアボールを与え、満塁。
ベンチの様子を盗み見ると、監督が前のめりになりグラウンドに片足を踏み入れている。いよいよ出番かと俺は肩をぐるぐる回してアピールしたが、残念ながら、伝令係がマウンドに送られただけのようだった。
監督はずいぶんと成田を信頼しているらしい。俺はマウンドにできた輪を、外野から苦虫を噛み潰したような気持ちで眺めていた。
続く打者の初球。成田は先程までの乱調が嘘のような素晴らしい球を、右打者の内角一杯に投げ込んだ。詰まったような鈍い音。打球は左中間ややレフト寄りに力なく上がり、打者は悔しそうにバットを投げて走り出した。
なんだよ、抑えちゃったか。
チームがピンチを脱したというのに舌打ちがこぼれる。が、その後ろ暗い感情の渦に巻き込まれたかのように、事件は起きた。
レフトの横尾先輩がグラブを頭上に掲げたまま足を止めた。太陽の光で打球を見失ったのだ。フラフラと落ちて来る打球が俺には見えている。今すぐ全力で追いかければギリギリで追いつき、先輩のミスをカバーできるだろう。
そう、頭ではわかっていた。なのになぜか打球を追いかけるための一歩目が遅れ、気付けばボールは土の上で跳ねていた。
慌てて拾って内野に投げ返すが時すでに遅し。ランナー3人が生還し、0―3。終盤にきて大きすぎる先制点を献上してしまった。
意図したわけではなかったが、結果として、俺がマウンドに上がるチャンスが訪れたと思った。
だけど監督は動かなかった。成田続投。俺は深い息を吐いて必死に怒りを鎮める。
そうか……ならいっそ、滅茶苦茶に打たれてしまえ。
俺はマウンドに向けて「どんまいどんまーい!」などとエールを送りながら、本心ではそんなことを思っていた。
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