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創部以来最強と言われた今年の崎岡高校野球部は、結局地区予選3回戦であっさりと敗退した。
成田は6回以降完全に立ち直り、打線も終盤意地を見せなんとか2点は返したが、結局あの3失点が致命傷だった。また初戦から全て成田が完投したため、俺に投手としての出番が回ってくることはついぞ無かった。
「おい、楠本」
ベンチからロッカールームへと続く通路。他の奴らが引き上げた後ゆっくり帰る俺を、成田の声が後ろから呼んだ。振り返った瞬間、とてつもなく強い力で襟首を絞り上げられる。成田に掴まれているのだと気付くまで数秒の時間を要した。
「なんであの時手を抜いた?」
「……はあ?」
「6回のあれだよ。横尾先輩が見失った打球を、なんで全力で捕りに行かなかった?」
「何言ってる? あれが俺の全力プレーさ。自分が打たれておきながら人を責めるなんて、お門違いじゃないか」
「いや、お前ならあの打球は捕れたはずだ。他の奴の目は騙せても、俺の目は騙せないぞ」
確信に満ちた眼差しに嘘は吐けないことを悟る。
「……だったらなんだ? 結局あの後、ピッチャー交代とはならなかった。つまりこの夏のエースは、主人公は最後までお前だったんだ。それで満足だろう?」
「本気で言ってるのか?」
成田は乱暴に俺の襟首を放した。
「お前が何のために野球をやってるのかは知らない。けど、お前の自己満足にチームを巻き込むな。俺たちは皆で勝つためにやっているんだ。エースが誰とか関係ないし、たとえマウンドに上がったのがお前だったとしても俺は全力でプレーする。それがグラウンドに立つ者の礼儀だろ」
吐き捨てるようにして成田は去って行った。
本気で言ってるのか、はこっちの台詞だ。俺はエースであるために野球をやっているし、他の奴らだって、そうなれる実力が無いから脇役に甘んじているだけさ。皆で勝つ? くだらない。脇役としての勝利に価値なんてあるもんか。
そのはずなのに……俺は何か俺の中の重大な欠陥が暴かれたような気がし、胸の奥がチクリと痛んだ。
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