灯台下暗し

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 僕が牛丼屋にいる時だった。 「すみません。隣、よろしいですかな?」  声をかけられて顔を上げた。薄汚れたジャンパーを羽織る、初老の男が立っていた。 「どこも空いてなくて」  男につられて辺りを見渡す。周りのカウンター席とテーブル席は、他の客で埋まっていた。 「どうぞどうぞ」  僕が促すと、 「すみませんねぇ」  男が相好を崩して椅子を引いた。僕は前を向く。再び丼の牛肉に箸を伸ばしかけ、止めた。 「何か?」  男の視線に気付き、眉根を寄せる。 「失礼ですが、どこかでお会いしたことはありませんかな?」  訊かれて首を捻る。 「いや? ないと思いますけど」 「そうですか。でも、あなたの顔をどこかで……」  腕を組む男に、 「もしかして」  と、顎を撫でる。 「仕事先で会ったことがあるのかも」  男が掌を拳で打った。 「なるほど、どうりで初めてお会いした気がしなかったんだ」  男の言葉に僕は声を弾ませた。 「同業者の方だったんですね!」 「いやぁ、これは失礼致しました」 「いえいえ、僕達の職場は広いですから。仕方ないですよ!」  男と和やかに言葉を交わしていた、その時。 『ここで緊急速報です』  ふいに響く重々しい口調。僕と男の視線は、壁際に置かれたテレビに吸い寄せられた。 『昨日の午前二時頃。民家に押し入り、現金を奪って逃走したと見られる男が、この辺りで目撃されたとの情報が入りました』  液晶画面の表示が、女性アナウンサーから街中の風景に切り替わる。僕は目を見開いた。何と自分が今いる店が映っている。 『強盗犯はまだ近くにいる可能性があります。近隣住民の方は警戒して下さい。繰り返します。昨日の午前二時頃……』  突然、隣の男が椅子を鳴らした。僕は立ち上がった男を見上げる。男は青ざめ、無言で席を離れ始めた。 ――あの人……まさか!  コップの水を一気に飲み干した。 「すみません、お勘定お願いします」  ポケットから抜いた万札を、近くにいた店員に押し付ける。 「お釣りはいりませんので!」  呆気に取られる店員を残し、男の背中を追った。早足に。かつ悟られないように。賑わう店内に気配を紛らわせ、徐々に距離を詰めていく。 ――僕の勘が確かなら、あの人は……。  男がガラス戸を押して外に出た直後、前方から走ってきた警官が、男の行く手を阻んだ。 ――やっぱりそうだ! 間違いない!        
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