由樹と旦那デスノート

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 二十三歳になった年、由樹は隆広と結婚することに決めた。付き合ってから三年間、隆広はイタリア人や韓国人並みに熱烈に好意を伝えてくれた。彼の甘い言葉に酔って、元々彼のことが好きだったのでは、と錯覚するようになった。隆広は由樹と結婚することになると、音楽をやめて喫茶店で正社員として働くようになった。昼は喫茶店で働いて帰宅後はプログラミングの勉強をし始めた。将来はプログラマーとして家族を支えて行くと約束してくれた。  由樹も大学を卒業しており、広告代理店に入社していた。だが一年後、妊娠したことを会社に知られると退職勧奨をされて無理に辞めさせられた。まだ新人だった由樹に対して、直属の女性の上司が無闇に厳しく接してきた。精神的に追い込んだため適応障害になってしまった。由樹はこんな会社辞めてやると強気に出た。  仕事を辞めてパートで週二、三で働くようになってから、隆広は一家を支えるために精一杯働いてくれて昇給するスピードもかなり早かった。だが、彼に対して不満がないと言えば嘘になる。彼が仕事に全神経を使ってくれていれば良いのだが、まだ心のどこかで音楽に対して未練がありそうだった。  彩花が生まれて二年経った日、彩花と隆広と一緒に自宅で食事を取っていた時に彼の中に沈殿していた後悔が発露した。食卓に向かい合って座り、隆広は由樹の背後にあるテレビを観ていた。 「あれっ」  と言って、隆広が何か気付いたらしい。どうやら嬉しいことではなさそうだ。彼の顔が蒼瓢箪のようになっていたからだ。 「これ、俺が所属していたバンド」  テレビには五人組の男がステージに立っていた。隆広が所属していたバンドがようやく売れてテレビに出られるようになったようだ。  もちろん彼はバンドを脱退している。なので今ステージに立っているグループとは、何も関係のないはずだ。テレビに出ているメンバーは継続して売れるまで努力ができ、それが彼にはできなかった。  彼らと隆広との間には鯛とメダカほどの差がある。隆広が生半可な気持ちで音楽に向き合っていたダサい男にしか見えなくなった。  食事中にもかかわらず、彼は椅子から立ち上がってテレビの真ん前に向かって行った。
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