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「おい、何で売れているんだよ」
と嘆きながらテレビの画面を凝視する隆広の背中を見て由樹は呆れた。結婚して定職にも就いて音楽の夢はきっぱり諦めが付いているのだと思っていたが、実はそうではなかったことに気付いた。
夫が音楽で売れたいという浅ましい野望を密かに持ち続けていたことが、この時分かった。努力はできないくせに、欲望だけはいつまでも抱え込んでいるようだ。
彼が所属していたバンドはテレビで二曲披露していた。一曲目はバンドが売れるきっかけになった曲。もう一曲は、バンドが結成した際に初めて作った曲だった。
「おい、この曲、俺が作曲したやつ」
作曲者の名前のところにはバンドの名前が書かれていた。
「俺が作ったのに」
彼はテレビの前で静かに涙を溢し始めた。
「うるさいなあ。早く食器片づけたいんだから、とっとと食べてよ」
夫に対する苛立ちを処理するために怒鳴った。にも拘わらず、隆広はテレビの前で立ち尽くして俯いたまま動かなかった。萎びた隆広の背中に対して益々ムカついてくる。
「おい、いつまでめそめそやってんだクソが。早く動け、馬鹿」
隆広は、その場で座り込んで動かなくなっていた。由樹は椅子から立ち上がって、彼の背中を思いっきり蹴飛ばした。前のめりになって倒れてテレビ台の角に頭をぶつけた。ざまあみろと吐き出した。
今でも隆広の顔を見るたびに、テレビの前でうずくまる情けない姿を想起する。彩花にすぐにスマホを渡す隆広は子育ても音楽と同じように生半可な気持ちでやっているように見える。
由樹は旦那デスノートに書き込みをすることで、溜まったストレスを吐き出していた。今の生活が幸せだと感じるのは、ストレスの捌け口があるからかもしれなかった。
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