31人が本棚に入れています
本棚に追加
驚いて再び窓を見ると、すぐ傍に成子のデカい顔が窓一杯に広がっていた。巨大な餅が車内を覗き込んでいるようだ。
「何しやがるんだ、早くここから逃がせ」
手は自由だったので思い切り窓を殴って怒鳴った。成子はニヤつくだけで何もして来ない。窓を隔てているため、彼女の篭った声が私の耳に届いた。
「由樹さん、貴方逃げようとしたんだってね」
やはり清江のせいか、と確信した。
「車から出たいですか」
「当然よ」
何時間も意識を失って寝ていたようで体が固まって痛かった。早く体を伸ばしたかった。
「じゃあ、貴方も今から私たちの仲間ってことになるのね。まあ嬉しい。由樹さんがいてくれるとやりやすいわあ」
成子はわざとらしく喜んで見せた。ムカムカする。由樹が納得するなんて思っていないにも拘わらず喜んで見せることが、裏切りに対する報復のつもりなのだろう。
「まだ何も言っていないし、私は殺しなんて嫌」
由樹も一矢報いた。
「ダメダメ、貴方は私たちが何をするか全て知っている。そんな人を逃すと思うわけ?」
「何も言わないから」
「何も言わないことも罪になるのよ」
言い返せなかった。成子の主張は正しい。由樹が渋谷でみんなと喋った時点で、もう捕らわれていた。
「何も言わなければ逃がしてくれるの?」
やはり人を殺す現場に立ち会いたくなかった。とりあえず逃げられるなら、何でも良いという結論に到った。
「じゃあ何も言わないで罪を被る。だからここから帰らせて」
成子は車の扉を開けた。
「帰るの」
「当り前でしょ」
「忘れているみたいだから言っておくけど、貴方の住所は分かっているんだからね」
何てしつこい女なのか。どうしても五人全員に殺人の罪を被ってほしいのか。
「住所を知っているから何だって言うの」
「さあね。貴方が苦しむことになるとだけ言いたいわ。私には所謂半グレと言われる男たちがいるってことは覚えておいて」
「嘘よね。そんな脅し通用しない」
成子が相変わらずニヤニヤしながら体をどかして、由樹が車内から明美の旦那の浩司を見えるようにした。
「ほら、よく見て」
確かに拘束されている浩司の周囲に堅気の職に就いていなさそうな雰囲気の男が三人うろついていた。暗くてよく見えないが、全員黒いダウンを着てガニ股で歩き回っている。
「分かった? もう逃げられない。中途半端な気持ちで計画のことを知るからいけないのよ。全て自己責任よ」
成子の大福みたいな顔が破顔し、大笑いし始めた。
「そんな怒った顔しないで由樹さん。無様だから。貴方は本当にブスね。殺人鬼にぴったりな風貌をしているわ。ねえ、貴方たち、由樹さんって本当にブスで気持ち悪い顔をしているわよね」
三人の女たちと三人の半グレの男たちがこちらを見て笑った。
「由樹さん、降りて来て」
成子に腕を鷲掴みされて、外に無理矢理引っ張り出された。足を縛られた由樹は土が剥き出しになった地面に転がされた。
「今から、明美さんの旦那、浩司さんの殺人ショーを行うわ。是非、参加して行ってね」
最初のコメントを投稿しよう!