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穴の中に座った浩司の頭を見下ろしていた明美に向かって、成子は両手を広げながら大仰な言葉を吐いた。
「今、勇者明美さんは最後のモンスターを倒す場面に来たのです。正義の剣でモンスターの息の根を止めるのです。そうすれば貴方の戦いは終わることでしょう。ハッピーエンドが待っているのです。きっと貴方の余生は輝くダイヤのようになるでしょう。嬉しいですか、明美さん?」
「はい」
暗くて明美の表情はよく見えなかった。だが何か喉に詰まったような声だった。何か彼女の胸の中で負の感情が沸き出ていることは確かだろう。目の前で旦那が穴に放り込まれている。どんな気持ちなのか想像ができない。いや、したくない。
「よし、明美さん、さっき渡したものを全身に塗ってあげて下さい」
怖いもの見たさで、明美に近付いて何を持っているのか確かめに行った。金色に光る液体の入った瓶の正体は、市販の一リットルのハチミツだった。明美は穴に近付いて浩司の頭頂部からハチミツをかけた。ハチミツは黒髪短髪の浩司の頭から全身に流れて行く。彼は抵抗することなく剥製みたいに動かなかった。
ハチミツを全てかけ終えると、全員で穴を土で埋めた。土を浩司の胸まで埋めて肩から上は晒されていた。地面から大きな茸が生えているような光景だった。
「よし、猿轡を外してやれ」
成子が命じると、東南アジア系の顔の男が口を押えていた布を外した。
「誰か助けてえ」
浩司は大声を出したつもりだろうが、かすれており、枯れた葉が擦れた音にしか聞こえなかった。
「明美さん、またドライバーでやっちゃいな」
成子に言われた通りに、明美は浩司の頭をゴルフボールのように、ドライバーで打った。浩司は恥を捨ててワアワア泣き出した。成子は地面から出た浩司の頭に向かった。
「女に暴力を振うことでしか自分を保てないクズなのに、まだプライドがあるんですねえ。明美さん、これを飲ませてあげて下さい」
「何ですかこれは」
明美は麦茶が入っているような一リットルペットボトルを受け取った。ペットボトルは結露して水滴をまとっていた。中身は白い液体だった。
「それはキンキンに冷えたハチミツ牛乳です。旦那さんも喜ぶと思いますよ」
明美は埋まっている自分の旦那の口にペットボトルの口を持って行った。彼は喉を鳴らしながら飲み続けた。離れて立っていた由樹の耳にも嚥下する音が聞こえた。相当な時間拘束されて、何も口にできなかったのかもしれない。
三分の一ほど減ったところで明美はペットボトルを口から離した。
「おい、全部だよ」
成子は明美に対して声を張り上げた。
怒鳴られた明美は慌てて再びハチミツ牛乳を飲ませ始めた。浩司はこれ以上飲めないらしく、口から吐き出した。
「飲め。全部飲ませろ」
明美も浩司も二人でひいひい言っている。
「では、明美さん、これを毎日やってください」
「え」
「毎晩、ここに来て旦那さんに冷えたハチミツ牛乳を飲ませるのです」
「何でですか」
一体何を考えているのか由樹にも見当が付かない。
「分からないのですか。このまま空腹のままハチミツ牛乳を飲ませれば、彼は腹を下すでしょう。そうすれば土の中で下痢便を漏らすことになります。ずっと下痢便にまみれている旦那さんの肉は腐っていきます。腐肉は蛆などの虫たちの餌となるでしょう。
それに加えてハチミツも塗り直しておくように。虫が寄って来て旦那さんの肉を食べてくれますから。そうやって徐々に殺していくのです。存在が霞になっていくように、殺してあげるのですよ」
どうやら明美に浩司の腐敗していく過程を見せたいようだ。由樹は成子に恐怖を抱くと同時に、発案する力に恐れ入った。自分ではそんな殺害方法など一生思い付かない。
「とりあえず、今日はこれで帰りましょう」
成子の言葉を聞いて、三人の男のうちの一人、黒縁の眼鏡をかけた太った男が旦那の口に布を再び当ててから、全員で車に戻った。
「ここから私の自宅は近いです。今日はもう遅いので、ウチで泊まって下さい。ここは田舎なので暗くて危険ですから」
と、成子は車に乗り込むと全員に向かって言った。
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