成子、東京へ

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「お前、東京に行きたいって昔言ってたよな」  夫と同棲し始めた時、一緒に東京で暮らそうと頼んだことがあった。結局、その望みは叶えられなかった。だが今ではどうでも良いことだった。 「ええ。でも、それは昔の話」 「今はどうだ?」 「行きたくはないですね。貴方様と一緒にいたいからです」  夫は明らかに苛立った表情をした。嘘を吐いて、行きたいです、と言うべきだったようだ。だが、彼と別れて暮らしたくない、というのが正直な気持ちだ。  彼と離れ離れになってしまったら今までの頑張りは何だったのか分からなくなる。成子は夫と一緒に暮らすために自分を犠牲にして来た。王子様のような外見をした彼と暮らすことが夢だったのだから。夢のためにはどんな犠牲も厭わなかった。成子は夫との生活のために、様々なものを捨て去って来た。  彼女の恋慕の気持ちなど考慮せず、夫は成子の太くてスライムみたいな首を右手で鷲掴みにした。彼女は驚いて口を大きく開けた。その時、ユウコが再び口の中に太めのディルドを突っ込んだ。彼女の喉の奥まで突く。 「おえ、げっ」  アンモニア水を飲んで、思わず口から涎と一緒に橙色の嘔吐物が飛び散った。 「東京に行くことが夢だったんだろ」 「はい」  夫の言うことを否定してはいけない。彼との生活の中で自我を捨て去った。 「行くか? 全ての費用は出す。そんで必要な役者も揃える」 「はい」  どうして東京に行くように言われたのか理由は分からなかった。何か意味があることは分かっているのだが、全く予想ができない。彼の思考回路が読めない。そんな自分の状況が悲しい。夫のことは妻である自分が一番分かっていないといけないのに。 「東京でも連絡だけは取ろう」  夫は笑顔で嬉しいことを言ってくれた。 「え、良いのですか」  口角から唾液を垂らしながら喋る。 「ああ、良い考えがあるんだ」  東京に行っても何でも言うことを聞こうと決めた。 「大量の馬鹿を捕らえて来てもらおうと思っているんだ。馬鹿なんて世の中に蟻みたいにいるからな。一緒に蟻地獄でも作って馬鹿ばかりのユートピアを作ろうじゃないか。  もちろん、自分たちだけの理想郷だ。別に金が目当てとか世の中に恨みがあるとか、目的があるんじゃない。ただ僕が生きる世の中にいる人たちの人生を腐らせたいだけなんだ」  夫は浴室の中で両手を広げて、全身で照明のオレンジ色の光を浴びながら宣言した。大望を抱く彼は魅力的に見えて仕方がない。彼に好かれるためには、失敗は許されない。恋心を昔のように抱いてもらうため、東京で彼にとっての理想郷を作ってみせようと決心をした。
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