交錯する女たちの負の感情、底の底へ

3/6
前へ
/164ページ
次へ
 清江が眠りに就かないように監視する日が訪れた。玄関前に男が一人いて逃げられそうにはなかった。アンジェラも起きており、夜の暗い部屋の中で三人で一緒に居間の床に座っていた。光源はカーテンの隙間から差し込む月光のみ。月の光に照らされた清江は、至って普通の様子で座っており、譫言を発する様子がなかった。 「清江さん、大丈夫ですか」  アンジェラは床に正座させられている蒼白い光を浴びた清江の顔を覗き込んだ。うん、と清江はしっかりした目でアンジェラを見返して頷いた。  最近の清江の発狂は演技だったのではないか、とふと思った。狂った者が独り言を言うという話は有名だ。それを参考にして清江は一人で意味のない言葉を吐いていたのではないか。  何のためなのかは理解できなかったが、何となく自分を弱者に見立てたかったのだろうと察せられた。弱者になれば、苦しめられているものから解放されるとでも思っているのだろう。 「あの。私、由樹さんに、謝りたくて」  清江は下を向いたまま冷静な声で喋り始めた。 「まさか私を外に誘き出すための目的だったなんて、あの時は信じられなかったですよ」  由樹は思わず喧嘩腰になってしまう。誘き出したことだけではなく清江が弱者ぶっていることも許せなかった。彼女が外に出るように言わなければ、由樹は襲われることはなかった。  今日謝ったのも清江の意思ではなくてアンジェラに勧められたからのように思える。自分だけ助かろうとする狡猾な彼女が、積極的に謝罪しようと思うだろうか。確率的には相当低いはずだ。  それなのにどうして今、ションボリしているのか。加害者が被害者の前で萎んで見せるとはどういう神経をしているのか。 「そんな風に、言わないで、下さい。私は、由樹さんと平等な関係に戻りたい、と思って謝罪することに、決めたのですから」  平等な関係とはどういうことなのか。以前から対等に話し合ったことなどあっただろうか。言ってしまえば、毎回計画から抜けるように説いていたのは由樹であるため、自分の方が正しくて上の立場だったではないか。そんな状況なはずなのに、平等に戻りたいと言われたことに腹が立った。 「で、謝ってくれるなら、私の望みも聞いてほしいんだけど」 「え、望み? 何のこと」  由樹の言葉に驚いて見せながら、清江がアンジェラの顔を睨んだ気がした。アンジェラに対しては強気になれるのか積極的に助けを求めているように見えた。やはり、今日三人で喋って謝罪したこともアンジェラの後押しがあってのことだったのだろう。  由樹の中で着々と怒りが蓄積していく。 「そう。もう成子さんの計画から降りて、この部屋から脱出すること」  声のボリュームを一際落とした。今、玄関前にいる東南アジア系の男に絶対に聞かれてはいけない。  次は清江の旦那と清江本人が殺されると知っている。いくら清江が気に入らなくても見殺しにはしない。気分が悪くなるからだ。
/164ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加