交錯する女たちの負の感情、底の底へ

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「は?」  つい大きな声を出してしまった。玄関にいた顔の濃い男が居間に入って来た。何の話をしている、と聞かれたが、何も答えなかった。男は諦めて出て行った。男も面倒なことに巻き込まれたくないのかもしれない。 「え、一千万を払ってくれたってこと」  声のボリュームを落として話を再開させた。 「うん、そう」 「あの人、何の仕事している人なの」 「さあ」 「うん、しょうがないことかな」 「正気じゃないね」  由樹は床から立ち上がった。清江に対してこれ以上会話する気がないことを伝えるつもりだ。  アンジェラと二人で逃げることにしようと決めた。裏切り者の清江を信じていた自分が馬鹿だった。 「もう寝て良いんじゃない」  黙りこくって下を向いているアンジェラの肩を叩いて言った。 「アンジェラさんは、私の味方よ」  と、清江が座ったまま目を見開いて、立っている由樹の目を凝視して言った。アンジェラのことになると清江は強気になるようだ。 「そうなの?」  と、アンジェラに尋ねてみたが、清江が答えた。 「アンジェラさんって、不法入国者なんでしょ。罪人でしょ。そんな人、警察に通報しちゃえば国に、帰らなければいけなくなるんでしょ。そしたら恋人とも会えなくなるんでしょ」 「脅したんだね」  清江はアンジェラを脅しているのだろう。アンジェラは清江を裏切ることが怖くなっており、成子の計画から逃げることに負い目があるのではないか。負の連鎖ができ上がっている。 「そんなこと、言わないで、ちょうだい。でもね、由樹さん。もう貴方以外の人は、計画を続行することに、決めているのよ」 「明美さんは? この前逃げていたじゃないの」 「もちろん、明美さんもそうよ。私たちの味方」 「だから、何だって言うの。それが殺人をしても良いという原因になるの? 自宅に帰らなくても良いという理由になるの」 「何威張っているの。由樹さんは一人ぼっちなのよ。忘れたの? 一度アンジェラさんに襲われたこと」  微動だにしないアンジェラを見てから、再び清江を見た。 「何、また襲うつもりなの」 「それもできるけど、貴方の自宅、知っていたから襲えたって、こともあるんですからね。そうなると、今度は貴方が、山の中で、首を晒すことになるんじゃないのかしらね」 「どうして私の自宅を知れたのよ。そこが全然分からない」  この点に関して一番不気味だった。彼女たちに自分の住んでいる住所も最寄り駅すらも教えたことはない。どうしてあの電柱の陰に成子が待っていたのか、今でも分からない。 「さあね。アンジェラさんにでも聞いてごらんなさい」  アンジェラは清江の言葉を聞いて、急いで顔を上げてクビを左右に勢い良く振って、 「私、知らないです。絶対に知らないです。本当です。」  と、大声で叫んだ。再び男が居間に入って来た。彼は叫ぶアンジェラの後頭部を殴りつけた。
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