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自らの手で、悪意なく人を殺す
※
車がアパートの前で停車した。明美と成子の旦那と黒縁のデブが清江の旦那を捕まえに行って帰って来たところだ。夜も更けて鈴虫とコオロギがチョロチョロ言う時間帯だ。いつの間にか秋も終わる時期になっており外はかなり寒い。
虫の声だけではなく浴室から初老の女のむせび泣く声が聞こえる。清江が泣きじゃくっている。今日は夫婦揃って死ぬ運命だ。狂ったふりをした清江も何となく自分も殺されることに気付き始めたようだ。馬鹿な女だ。
車の助手席から明美が降りて来た。彼女のことを待ち侘びていたのか、成子が両腕を広げて彼女の体を包み込んだ。
「お帰りなさい、明美さん。どうでした。清江の旦那さんは捕まえて来れましたか」
「はい。トランクの中にいます」
明美の姿は逃げ出した時と雲泥の差だった。何故か姿勢が良くて生命力に溢れているように見えた。成子からの期待が彼女の生活する上での糧になっているのか。すっかり成子との生活に馴染んでいるように見えた。
成子は明美に示されたトランクを開けて、中を確認した。トランクの蓋が開いた瞬間、中から人が暴れる音が聞こえた。
「由樹さん、アンジェラさん、見て下さいよ」
手招きされたので二人で見に行くことにした。見なくても大体想像ができた。
予想通り、トランクの中には小太りで初老の全裸にされたオジサンが手足を縛られて布を口に当てられ、体を丸めていた。毛深い足や胸元が生命力を感じさせ、彼の今の状況との対比が酷くて見ていられないほど気持ち悪かった。
「アンジェラさん、この前お頼みしたこと、覚えていますよね」
ヒッと言う声が横にいるアンジェラの喉元から聞こえた。彼女の顔を見ると、白目がなくなって目が真っ黒になっているように見えた。
「清江さんをよろしくお願いしますね」
アンジェラの肩をパン、と叩いてから成子は車の後部座席に乗り込んだ。
「さあ、由樹さんも行きましょう。この男を浩司さんのように埋めに行きましょう」
なかなか逃げるタイミングが見付からない。由樹は仕方なしに車に乗り込んだ。窓から外を見た。アンジェラの背中が見えた。夢遊病者のように部屋の中に入って行っていた。
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