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何重にも毛布を巻き付けて浴槽の湯の中に沈んだ清江は、天井を凝視している。鼻や口から正体不明の液体がゆらゆらと立ち昇っていた。
震えが止まらない。頭も内側から鎖分銅で幾度も殴られているような鈍くて重たい痛みが走る。目の奥が灼熱で焼かれたような鋭い痛みを感じて視界もぼやける。鈍い痛みと鋭い痛みが交わり、体が痛みへの耐久が難しくなり、気分が悪くなる。
清江を殺した。
彼女と最後にした会話を思い出す。浴槽に寝かせてシャワーで湯を入れている時、彼女はこちらを凝視していた。しっかりした目だった。独り言を発して狂ったふりをしている時とは大違いだった。
「清江さん」
何度もシャワーを止めようか迷った。正気を保ったまま殺すことに対して尋常ではない抵抗を抱いた。だが清江は首を横に振って湯を止めないように伝えて来た。
「清江さん、どうしてですか。今、こんな形で死んでしまって良いのですか。夫の保険金を手にしたら悩みは晴れるんですよね。だったら、こんなところで諦めないで下さい」
由樹は静かに涙を流しながら呟くように言った。
「由樹さん。もう良いの。死ぬことは自業自得だって自分で分かったから」
切実な想いを吐き出していた。いつもより喋り方もしっかりしていた。人は最期を目前にすると、人生の価値が上がり必然的に発言の重みも増すようだ。
「私の五十七年の生涯、辛いことばかりだった。楽しかったのは息子が生まれてから小学生くらいまでの間だけ。他は地獄だった」
重大なことを喋るように言った。
「実はね、明美さんの旦那が死ぬまでハチミツ牛乳を飲ませたり、ハチミツを塗ったりしていたの、私なんだ。明美さんが逃げてから二週間くらいやっていたの」
「え」
信じられなかった。明美の逃亡から二週間も浩司は生きていたというのか。
「初めて行った時点で、もう腐り始めていて原型はとどめていないけどね。でも、喋ることくらいはできたの。明美さんのこと沢山聞いちゃった」
清江は自嘲気味に笑い、話を続けた。
「でさ、明美さんと旦那さんとの昔のことを話しているとね、昔の自分たちの生活のことも思い出しちゃったの。目の前にいる肉が腐りかけている旦那さんを見ていたのに、昔の夫と知り合った時のことを思い出したの。お見合いの時のスーツ姿が浮かんで来ちゃったのよ」
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