シャレコウベダケ、いつまでも傍にいるよ

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「ママ」  彩花は顔をくしゃくしゃにして久々に会えた由樹に向かって駆け寄った。甘い匂いのする娘の体を受け止めた。この日のために辛い日々を耐えた。隆広に見守られながら彩花を抱きしめた。  何て幸せな一時なのだろうか。空間が薄っすらピンク色を帯びている気がした。空気もホッとする美味さを含んでいる。今まで普通のことだったが成子の部屋から逃げたことで、味わえなかった旨みを感じ取った。  この日、久々に母親に会ったためか、夜にも拘わらず彩花はやけにテンションが高かった。普段なら夜の九時に寝ていたが、今は夜の十一時をとっくに過ぎている。由樹も隆広もそのことを注意しなかった。  ソファに彩花と並んで座って保育園での出来事の話をした。秋の発表会はとっくに終わっていたが、楽しかったと話してくれた。見に行けなくてごめん、と謝ると、彩花は笑って許してくれた。最後は彩花がソファで寝落ちして幸福の一時は終わった。隆広が娘を抱いて寝室に向かって布団に寝かせてあげた。 「由樹、おかえりなさい」  隆広は皺だらけの褐色の顔をクシャッとさせて微笑んだ。 「ただいま。何だかごめんなさい」 「ううん、大丈夫。でも、何があったのか全部教えてほしい。きっと酷い目に遭わされたのだと思う。帰って来た時の姿を見たら。ああ、本当にごめん。もっと僕も行動してあげれたら、もっと早く帰って来れたかもしれないのにね」  隆広は泣きべそをかいた。ソファに座る由樹の傍に立って右手を差し出した。由樹はその手を握った。 「こちらこそ。辛い日々を過ごして来て、貴方に対して酷いことを言ってたことを後悔しているの。もう怒ったりしないし、酷いことも言わない。だから、これから三人で平和に暮らしていこ」  本気で自分を変えようと決めた。もう旦那デスノートなんか見ないようにしよう。全ての元凶はあのサイトのチャットだ。これからの生活において、再び同じ過ちをしでかさないためには由樹自身が変わるのが一番有効だろう。人に甘えるのは良くない。隆広に期待し過ぎてテレビの前で泣き崩れた姿を見て失望などしないように。  何の気なしにテレビの電源を点けた。テレビを観ることも久しぶりだった。成子の自宅にはテレビはあったが、電源が点いている時を見たことなかった。外部からの情報は完全に遮断されていた。  報道番組が放送されていた。ある殺人事件について女性アナウンサーが説明していた。自分が関わった浩司殺しの事件じゃないだろうかとビクついたが、事件現場が和歌山県の山奥だったため、ひと安心した。  現地へ向かった若い男のレポーターが喋り始めた。 「私は今、和歌山県の高野町は大字神谷の山中にいます。現在、多くの警察官の方が現場検証をしており、報道陣も多く駆け付けております」  真っ暗闇の中に樹木が立ち並び、その間に黄色いテープが張られて先に進めないようになっていた。先程いた清江の旦那の死体が埋まっていた山そっくりだった。  胃から何かが込み上げて来る。必死で何かを飲み込んで、隆広に不安がバレないように努めた。どうしたの、と聞かれたくなかった。自分が人殺しであることがバレたくなかった。
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