白い悪魔の触手、生活を腐蝕する

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白い悪魔の触手、生活を腐蝕する

   ※ 成子  由樹が逃げた。ベッドの上で寝転び、そのことだけを考えていた。完全に自分のミスだ。女たちを監視しきれていなかった。まさかあのタイミングで逃げられると考えてもいなかった。夫も由樹の逃亡に気付き、激しく怒っていた。次に会ったら通電だろう。あの痛みは二度と経験したくない。大好きな彼から痛めつけられると、自分が愛されているのか自信がなくなってくるからだ。  初めて通電された時の記憶を思い出す。ユウコと二人でフローリングの上で、夫と名前を忘れたもう一人の女の前で正座していた。 「成子、どうして貴方はここから逃げ出したのですか。僕から離れたかったのですか。どうしてですか。成子は僕のことを愛していないのか」 「いえ、実家に顔を出していただけです」  立っていた一人の女によって、首筋に電気を流された。夫の指示だった。 「なぜ実家に顔を出す必要があるのですか。過去に執着しているのですか。僕と出会う前に暮らしていた場所を忘れることができないのですか」  必死で首を振って否定する。自分の顔に着いた贅肉が揺れていることが分かる。 「実家という場所は害悪でしかないのです。分かりますか。過去という時間に直結した空間だからです。  過去というものは人を堕落させます。久々に学友と会う同窓会とかを想像すれば分かりますね。あの時間に生産性というものはありますでしょうか。ないですよね。なぜなら何もすることがないからです。  最悪の場合、過去を懐かしみ、現在を否定する思考に陥ってしまうのです。そうなると、現在周囲にいる一番大事な人や事を蔑ろにしてしまうことになりかねないのです。  貴方は僕を軽視しているのですか。そんなこと許せません。なぜなら僕は成子のことを愛しているのですから」  愛している、と言ってくれるも、電気を流されれば夫に嫌われたとマイナスに考えてしまう。夫との心的な距離ができてしまった気がする。自分が勝手に実家に帰るというミスを犯したばかりに彼に見損なわれることは嫌だった。隣にいるユウコと同じ扱いを受けることは嫌だ。  今回由樹を逃したことで、実際に夫から責められた。挽回するために由樹を捉えなければ。そして夫の楽しみを充実させなければいけない。これが今の自分の使命だ、と成子は改めて思い知った。  
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