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綻ぶ計画、それでも事態は最悪に
「由樹さん。良いですか」
成子は前方を見て運転しながら由樹に語りかけた。
「世の中全ての物事には表があれば裏もあるんですよ。よく考えて下さいね。今回貴方は逃げ出すほど辛い思いを私の部屋でしていたのでしょう。それに関しては、こちらも謝ります。だが、本当に悪い面だけしかなかったでしょうか」
悪い面しかないに決まっているだろう。実際、今嬉しいことなど一つもない。またあの糞尿の臭いで充満し、段ボールで覆われた陰鬱な部屋で暮らさないといけないのか。
きっと一度逃げたので、これからの生活で食事も一日に一度与えられるかどうかあやしい。黴の生えた食パン一枚ということも考えられる。清江や明美の受けて来た仕打ちを見て来たので分かっている。もし口答えでもすれば、スタンガンで局部や乳首に電気を流される。
「だって由樹さん。貴方、旦那さんと良好な関係を結んでいたようじゃないですか。もしこのコミュニティに入っていなかかったら、どうだったのでしょうか。
隆広さんに不満を抱いたまま、納得のいかない日々を過ごしていたんじゃないですか。なので悪い面ばかりではなかったじゃないですか。良かった面もあったのではないですか」
「でも隆広は」
成子はその良かった面も潰したではないか。隆広を返してほしい。
「そうです隆広さんは貴方の前から去って行きました。きっと小動物や蛆虫に食われて死んでいくことでしょう。だが、よく考えて下さい。貴方は隆広さんと一緒になる日常に戻って本当の幸せになれると信じられますか」
「もちろん信じていました」
由樹は自身が変わったと自覚していた。もう隆広に対して攻撃的にならない。隆広も安心できて由樹も余裕を持った日々を送るつもりだった。
「それは勘違いですよ、由樹さん」
成子は由樹の考えを根本からぶった切った。
「何が勘違いだ」
席を立って成子を殴ろうとした。明美に両肩を掴まれて殴れなかった。拳が座席のヘッドレストに当たった。
「由樹さん。人の話を最後まで聞いて下さいね。コミュニケーションを取る上で最も重要なことですよ」
「お前に説教される筋合いなんかねえよ。人殺しが」
座席に座りながら言ってのけた。
「誰が人殺しなんだ?」
成子が少しだけ声を大きくした。
「誰が人殺しだって。え? お前らだろ殺したのは。私は一ミリも手を下していねえんだよ。調子に乗んなクソゴミが」
呪詛の言葉を述べながら、大きく蛇行運転を始めた。体の小さな彩花は勢いよくドアに体をぶつけて泣き出した。対向車線まではみ出し、対向車が鳴らすクラクションが響いた。
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