由樹と旦那デスノート

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 由樹が大学生の時にバイトをしていた喫茶店で二人は知り合った。  当時の隆広は三十歳でバンドを組んでおり、ドラムを叩いて食べていく生活を夢見ていた。そんな隆広のことを、二十歳にもなっていない由樹は見下していた。確かに自分より喫茶店での仕事はできるが、年齢の割に大人としての経験値が少なすぎると見ていた。 「アイスラテ二つ、十四番卓にお願いします。ナポリタンを五番卓にお願いします。ツナサンドとアイスコーヒーを二十六番卓へお願いします」  隆広はキッチンに立って料理を作り、由樹たちホール担当に配膳の指示を出していた。テキパキとした無駄のない動き。だが、それができても音楽で売れることはない。  彼は自分の理想を叶えることから目を逸らし、目の前のバイトに精を出しているようにしか見えなかった。料理や飲み物を受け取るたびに腹の中で毒づいた。お前ごときの男が何かを達成させることなんて無理だからな、と。 「由樹ちゃん、ちょっと良いかな」  ある日、由樹がバイトから帰ろうと喫茶店を出ると道端で後ろから隆広に声をかけられた。 「はい、どうかしましたか」  見下した態度を取らないように気を付けた。まだ自分も学生の身なので、失礼な態度を取ってはいけないとわきまえてはいた。彼のことを心の中では見下していたが喧嘩をする相手でもないと思っていたので、波風が立たないようにした。 「由樹ちゃんと今度、ご飯行きたいなって思ってさ。どうかな? 今度一緒にご飯行ってくれないかな」  嫌だった。自分は学生なのに三十歳になるフリーターと一緒に食事などしたら、自分の株が下がると思った。眉間に皺を作りながらも必死に愛想笑いだけ浮かべて黙っていると、 「奢るからさ」  と言って一歩近付いて来た。そういう問題ではない。由樹は後退りしてから、 「ごめんなさい」  と一言早口で言って駅まで猛ダッシュで逃げた。彼は追って来なかった。  その後、家に帰ってから由樹は胃の中に泥団子を入れたようなモソモソとした気持ち悪さを感じた。今まで隆広に対して負の感情を見せ示さなかった。だが今日、嘲弄する気持ちの端緒を見せたような気がした。彼に話しかけられた際の表情に自信がなかった。
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