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 あれから季節は二巡して、私は三十歳になった。  あれだけ縋り付いていた関係がなくなって、どう過ごせばいいのかわからなくなった日もあったし、手近な男で寂しさを紛らわそうとした日もある。  それでも私は以前より、感情の起伏が激しい自分自身のことを客観視できるようになっていた。  だから私は怒ってるわけじゃないし、妬んでるわけでもない。ただ、大学時代の友人から聞いた噂を、自分ひとりの胸に留めておけなかっただけだ。そうして二年ぶりに、瑠香に連絡をとった。 『雅也が今度結婚するみたい。相手はすでに妊娠してるんだって』  連絡先を変えていて繋がらない可能性も考えていたのに、返事はあっけなく送られてきた。 『うちで二人で餃子パーティしませんか』  私が送った文面とまったく噛み合ってない答えが、瑠香らしくて笑えてしまった。続けて追加のメッセージが届いた。 『今度はちゃんとお皿もありますよ』  その言葉を信用して、今日、私は二年前に三人で過ごした町へ降り立っていた。  あの日のような青空の下、待ち合わせの駅前で瑠香を待つ。  瑠香はあれからどう過ごしていたのだろう。自由に、瑠香らしく生きているのだろうか。ちゃんと笑えているのだろうか。  そんなことを考えながら頭上に広がる空の色を眺めていると、幸せを願った日のことが思い出された。    羨む気持ちがないといったら嘘になる。だけどやっぱりあの日の気持ちはそのままに、雅也が幸せを掴んでよかったと思えたのだ。  優しい雅也のことだから、きっといい父親になるだろう。 「佑月さーんっ」  離れた場所から声がした。呼ばれたほうに視線を向けると、空色のワンピースに目がとまる。  晴れわたる青空と同化しそうな眩しさで、瑠香がこちらに手を振りながら、はじける笑顔で駆けてきた。 〜おわり〜
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