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日曜の午後。
俺はコンビニへ行こうと歩道を歩いていた。
俺の前には10歩ほど先を歩く女性と、そのすぐ後ろにニット帽の男。
(風に揺れるロングスカートって最強じゃないか?)
女性を見るともなしに見ながら歩く俺。
その瞬間、ニット帽の男が、女性のハンドバッグをひったくって逃げ去っていく。一瞬のことだった。
女性が声をあげたかどうかはわからないが、どうやら驚いて動けない様子。
反射的に、俺は走り出した。
自慢じゃないが、高校の頃は将棋部一の俊足と呼ばれていた男だ。俺なら追いつけるはず。
女性の傍らを通り越し、ニット帽の男を追う。追われていることに気付いた男は、いっそうスピードを上げる。青信号が点滅し終えた横断歩道を駆けて行き、路地へと消えた。
俺は赤信号を前に止まるしかなく、行き交う車をむなしく眺める。ひったくりが逃げ込んだあのあたりは路地だらけだ。見つけるのは困難だろう。
(とにかく、あの女性のもとに戻って状況を伝えよう)
俺はもときた道を小走りで戻る。情けない。信号さえなければ捕まえていたはずなのに。
もとの場所から数メートル近いところに、女性はいた。
「すみません、逃げられちゃいました……。交番行きますか? 俺、一緒に行きますよ」
俺がそう声を掛けると、女性は、いいんです、と首を振った。
「少し先にカフェがあるでしょう? お茶しませんか。お礼におごります」
「いや、俺は何も。捕まえられませんでしたし」
遠慮する俺に、いえいえそんなワケには、と彼女も譲らない。結局ごちそうしてもらうことになった。
テラス席に座って、彼女はミルクティー、俺はホットコーヒーを頼んだ。お洒落なカフェなんかほとんど来ない。緊張する中、目の前の彼女が突然吹き出した。
「ふっ。あはははは!もう、もうダメ!笑っちゃう!」
え、もしかしてちょっと精神的におかしな人だったのだろうか。それとも俺が何かおかしいのか?若干訝しげな目つきになる俺に、ごめんなさいね、ちょっと待ってと片手を挙げて大笑いする彼女。あまりにも豪快に笑うものだから、なんだか俺までつられて笑いそうになる。ひとしきり笑った彼女が目じりの涙をぬぐいながら言った。
「あのね、盗られたあのハンドバッグ、中身はうんちなんです」
え?うんち?
「そう。この子のうんち」
テラス席に繋がれた犬を指さす。犬が、上目遣いで俺を見る。
ひったくりを追いかけることで頭がいっぱいだったが、そういえば彼女は犬を連れていた。犬に詳しくない俺でも知っている。こいつはチワワだ。白くて目がくりくりしていて、可愛らしい。犬は飼い主に似ると言うが、確かに彼女とチワワはよく似ている。可愛らしいところが。
(俺はお前のうんちを追いかけていたらしいぞ。おい)
そう考えると、なんだか俺までおかしくなってきた。
「ひったくって行ったやつ、中見てどんな顔するんすかね。あんな走って逃げて。うんちのために。うんちって、盗んだら捕まるんすか?所有物ですもんね?」
彼女があまりにもころころ笑うものだから、調子に乗って俺はペラペラ話し続ける。なんて楽しそうに笑う人だろう。自分もうんちを追いかけたひとりに違いないのだが、そんなことはどうでもよくなっていた。
彼女はマイコちゃん。俺の二個年下の26歳。△△医院で受付事務をしているらしい。左手の薬指に指輪は……ない。よっしゃ。心の中でガッツポーズ。
お互い少し冷めたミルクティーとコーヒーを飲み干し、一応、ふたり(と犬)で近くの交番まで行った。他に被害者が出るといけない。
日も暮れ始めたので、マイコちゃん(と犬)を家まで送る。
「家、ここです。送ってくれてありがとう」
「よかったら、LINE教えて。今度は俺がごちそうする」
LINEを交換する。マイコちゃんのLINEのアイコンは、今流行している韓流アイドルグループのメンバー、YYKだった。
「YYK、好きなの?」
「わかりました!?もうね、大好きなんです!私の理想。カッコイイでしょ?!」
目を輝かせるマイコちゃん。
スマホのYYKと目が合った。俺とは似ても似つかぬ細マッチョが、髪をかき上げ目を細め、こちらに向かってウインクする。
うん(ち)は逃したが、運は掴んだ。勝負はここからだ。
YYKの曲を覚えて、美容室を予約して、筋トレ。ジョギングも始めよう。うまくいけば散歩中の彼女にまた会えるかもしれない。
一歩一歩進んで金に成り、王手をかける。
マイコちゃんの笑顔を俺だけのものにするのだ。
たとえ、何手かかろうとも!
<了>
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