その1本を

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呼吸さえも躊躇うような、張り詰めた空気。 竹刀を手に、圧倒的な覇気を纏って向かい合う2人から目を離すことができない。 「すごい……」 思わずといった様子で、隣に座る美桜がこぼした呟きに、将也は大きな頷きを返した。 ここは県内で1番大きい武道場。今目の前で、剣道部の先輩が出場する、決勝戦が始まった。 将也はこの春剣道部に入部したばかりだから、この大会には出場しない。美桜はマネージャーだが、同じく入部したばかりのため、今回は仕事がなかった。 しかし、小学生の頃から剣道バカの2人は、迷うことなく見学に来た。 そして、先輩は勝ち進んで行き、今に至る。 「先輩、マジですげーな……うちが強豪校だって事くらいわかってるけど、こうして見ると実感するわ」 見学の2人はコートから離れた観客席にいるが、それでもこの空気に呑まれて小声になってしまう。それくらい、会場の空気は重く、鋭い。 と、 「メエェェェェンッ!!」 将也たちの先輩が大きく踏み込み、綺麗な面を決めた。 「おわぁ……っ」 あまりにも綺麗で速い動きに、将也は表現し難い声をもらす。 その横で、 美桜は目を輝かせた。 「かっこいい……!」 その言葉に、将也の動きが一瞬止まった。美桜はそれには気付かず、前のめりで再開した試合を見つめる。 将也はしばらく無言で考え込んでいたが、小声で美桜に声をかけた。 「なあ、いつか……いつかって言ってももう2年くらいしかないけどさ」 「?うん」 美桜はチラリと将也に目を向けて相槌を打った。 コートでは、先輩がジリジリと相手に近づいて行く。今にも技を出しそうで、会場には緊張感が広がる。 将也は、コートの方を見つめたまま、告げた。 「俺も絶対あそこに立つから。そしたら俺と付き合って」 「………………へっ!?」 勢い良く美桜が将也を顧み、間抜けな声を上げたのを、目の端で捉える。 それとほぼ同時に、彼らの先輩が地を蹴った。 「メエェェェェンッ!!!!」 先程と同じ、まっすぐな面。相手に綺麗に当たって1本になる。 「すげぇ、優勝じゃん!」 勢いで出てしまった告白の照れ隠し半分、先輩への尊敬半分。将也は身を乗り出し、拍手の波に加わった。 固まっていた美桜は、その音で我に返ったのか、途端に慌て始めた。 「えっ!?それってどういう……ってか、最後の1本見逃したし!え!?どう、うぇぇぇぇぇ」 狼狽えて訳分からない声を出している美桜の顔を見ないまま、将也は立ち上がった。 「ほら、試合終わったし先輩のとこ行くぞ。挨拶とか片付けの手伝いあるだろ」 「え、あ、うん、え……!?」 ずっとわたわたしている美桜に少しだけ笑ってしまうが、多分、自分の顔も赤くなっている。 それは見られたくなかったため、早々に背を向けて歩き出した。 「ちょ、待ってよ!ねー!」 背中に大切な人の声を受けながら、目標の場所へと、将也は歩き出した。
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