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3
粗方サンドイッチを売り終わった俺はキッチンカーを店へと走らせていた。
運転席の窓を半分ほど開けて風を頬に受ける。
どことなく温い風を受けて、ああそう言えばこんな時期だったな、と過去へと回想を巡らせる。
俺と翔琉が出会ったのもこんな風に温く暖かな風が吹き始めた春の頃だった―――。
***
高校生活の始まりは、俺にとって母親のいない学校生活の始まりを意味した。
それまで朝起きれば温かい朝食が用意され、風になびく洗濯物が物干しにかけられていた何気ない日常は母親の献身によって成り立っていたのだ、とその存在が無くなってから気付いた。
父親は仕事柄、早朝から店へ出る。
俺は妹を起こして朝食を食べさせて家を出る。
洗濯は夜するようになった。登校途中に青空を見上げるたびに罪悪感がちらりと顔を出す。
高校は学食利用派と弁当持参派に分かれていて、俺の昼食はというと専ら前日の売れ残ったパンになった。
毎日食べるには軽すぎて時に甘すぎる。
それでも学食で食べるよりも安上がりなのは確かだから俺は毎日パンを持参した。
その日、俺はとにかく眠くて仕方なかった。
前日は妹の寝つきが悪く何度も起きては泣いていた。
「お母さんと話がしたいよぉ。どうしてお母さんは死んじゃったのぉ。」
わんわんと涙を流す妹を前にして、背中を撫でるしか出来ない自分が不甲斐なく。
妹が尋ねる言葉に対する答えも持ち合わせていなかった。
むしろ、自分だって思っている。
どうして俺たちを残して母は死んでしまったのだろうか。
どこか腑抜けたような親父と、泣くばかりの妹。
みんな自分の事でいっぱいいっぱいで、お互いを思いやる事が出来ずにいる。
何とか毎日を過ごしているけれど、それは薄氷の上を歩いているかのようにちょっとした出来事で全てが壊れてしまうような、そんな不安定な状態で。
どこにも向ける事の出来ない理不尽な怒りが俺の中に燻ぶっていた。
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