3

3/4
前へ
/58ページ
次へ
油を吸ったパン生地はどこかギラギラしていて正直胸やけする。 でもこれを食べないと昼はない。腹を減らしたまま午後の授業を受けるのは拷問にも近い。 俺は諦めて袋からパンを一つ取りだした。 昨日まではじゃりじゃりとした砂糖で美味しそうに見えた揚げパンを口元に寄せて、でもどうしても口に入れることが出来なくてパンを持ったままでいた。 手を降ろせばいいのに、誰に対して意地を張っているのかパンを袋に戻す事が出来ない。 逡巡していた俺の頭上に陰が出来る。 俺が不思議に思って顔を上げるより早く声がした。 「なぁ、ソレ食べていい?」 「うわぁっ!」 急にかけられた言葉にビックリして手から放れたパンは廊下に落ちる前に声の主に拾われた。 「っぶなっ。セーフだった~。」 「なっ、なっ、なっ。」 目の前に現れた男は神業のように揚げパンをキャッチして、嬉しそうに笑っていた。 陰キャの俺でも知っている転入生の南条翔琉だ。 「あ、俺の事知ってる?じゃ、これ助けてやったってことで貰ってもいい?」 「はぁ?」 「だって、暫く前から見てたけど、お前、ずっとそのパン握りしめたまま食べようとしなかったじゃん。旨そうで旨そうで、俺、我慢ならなくなったんだけど。」 「は?……え?」 「だーかーらー、すっごく旨そうに見えたから、そのパン食べたいって言ってんの。いいだろ、あのままだったら廊下に落ちて食べられなくなってたわけだし。」 随分厚かましい奴だ、と思った。 初対面の人間の物を欲しいと臆面もなく言えるその性格もそうだし、何より俺の顔面までズズイッと身体を近づけて話すその距離感に戸惑った。 「ちょ、ちょっとっ。」 俺の静止を聞きもせず、翔琉はあっという間に揚げパンを食べてしまった。 驚いた事に手のひらほどのあるコッペパンを翔琉は3口で食べきってしまったのだ。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加