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パクパクと吸い込まれていくパンの塊に、あっけに取られた俺はただ呆然とその様子を見つめていた。 「ん~~。めちゃめちゃ旨いっ!」 急に現れた男の突然の行動にビックリした。 学年でも友人の多い翔琉がたった一人でいることにも驚いたし、俺なんかに話かけた事にも驚いた。 「はぁ、旨い~。なぁ、もうコレないの?」 気付くと翔琉は俺の手に握られたビニール袋を物欲し気に見つめている。 俺はおずおずとその袋を差し出した。 「ま、まだあるけど…。食べる?」 「いいのかっ。やったっ。」 差し出した袋ごと奪われて翔琉はさらに揚げパンを取り出して食べる。 砂糖の溶けた前日の揚げパンをご馳走のように食べる翔琉の姿に俺は何だかビックリを通り越して可笑しくなってしまった。 だって、絶対作った当日の方が旨いに決まってる。じゃりじゃりとした砂糖とサクッと揚げられたパンとふわふわとした生地が合わさって絶妙なハーモニーを奏でるのに。 なのに、目の前の男は油の吸い込んだパンをとても嬉しそうに、もぎゅもぎゅしながら食べるのだ。 「ははっ。ソレそんなに旨い?」 「旨いっ。っていうか何笑ってんだ?」 「ん~こっちの事。旨そうに食ってもらって良かったって思っただけ。」 「何だそれ?」 袋に入ったパンを食べ終わった翔琉は指に付いた砂糖を舐めながら、満足気に笑う。 そんな翔琉のどこか色気のある笑顔にドキリとした。 今まで交わった事のない人種に驚いただけだ、と動機の原因に当たりを付ける。 「サンキュ、な。腹減ってたんだけどこんな旨いパンに巡り合うとは。今日はラッキーだ。」 「大袈裟だな。」 「大袈裟なんかじゃないって。あっ!!もしかしてお前の昼飯だった?悪いっ俺、お前の分残すの忘れたわ。」 眉を下げて心底申し訳なさそうな顔で俺に謝る翔琉の姿は、叱られた大型犬のように見えた。 あんなに厚かましく強請ってきたのに、今更な事を言われて俺は笑いを抑えきれなくなってしまった。 「はははっ、ははっ。」 笑いが止まらない。腹の底から声が出る。 こんな大口を開けて笑う事なんて久しくなかった。 だから俺の表情筋は驚いてしまったんだろう。 笑い過ぎて少しだけ涙が滲んた事を翔琉はその後もずっと弄って忘れなかったし、俺もあの時の翔琉の笑顔を忘れることはなかった。 それが、俺と翔琉が話すきっかけになった出来事だ。
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