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「ははっ。今どき海苔弁って凄っ。」
翔琉の弁当は海苔が敷かれたいわゆる『海苔弁』で、手の込んだことに海苔の下には醤油にまぶした鰹節が広げられていた。程よいしょっぱさがご飯に移って旨い。そして、オーソドックスなおかずに溢れた弁当はどこか懐かしさを感じるものだった。
卵焼きに唐揚げ。焼いたウィンナーに茹でたブロッコリー。
俺がいつも入れるなって言っていたもやしとほうれん草のお浸しを見た時には自分の母親が作ったものじゃないのに何だか胸が苦しくなった。
何度も何度も作ってもらった弁当がここにある。
店の仕事で忙しいであろう母親がそれでも手を抜かずに作ってくれた弁当を思い出す。
俺は母親にちゃんと礼を言ったのだろうか。
『いつもありがとう。美味しかった』と素直に言えたことがあるのだろうか。
そんな風に考えたらどうにも堪らなくなって俺は勢いよく弁当をかき込んだ。
流れてくる涙を袖で拭っていたのに、すり抜けた涙の雫は俺の口元に入り込み、米と一緒に俺に飲み込まれた。
「しょっぱっ…。」
醤油付けすぎ…。なんて悪態を吐きながら俺は一人泣きながら弁当を食べた。
思い切り口に頬張り、何度も何度も咀嚼した。
息苦しいまでに必死に弁当を食べた。
後にも先にもあれほど必死に物を食べた記憶がない。
それほど一心不乱に貪った。
翔琉の弁当は俺の説明のつかなかったイラつきに答えをくれたように思えた。
母親の死を受け入れたつもりでいたのに、俺は心の底では納得出来ていなかったのだろう。
ある日突然変わってしまった自分の人生に絶望し、表面上は何も変わってないと虚勢を張り、周りに対してもどこか過敏に反応していた。
そんな俺に周りを見ている余裕なんて無かった。
俺はきっと陰鬱な表情で毎日を過ごしていたんだろうと思う。
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