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暫く車を走らせて、俺は店へと戻ってきた。
裏道を通ればオフィス街からは割と近い。
物思いにふけりながらも何事もなく運転出来たのは、脳裏に浮かんだ思い出が優しいものだったからだろうか。
ザァッと強い風が吹き、数枚の葉が舞い落ちる中、俺は店の裏手にある駐車スペースに車を停めて裏口から店へと入った。
「あ、お兄ちゃんお帰り~。どうだった?売れた?」
レジの前にいた妹の美月が俺に気付いて振り返る。毎回聞かれる定型文のような問いに俺は苦笑することで応えた。
その表情を見て、まぁそこそこか、とでも言うような顔をした美月は、ちょうど店に入ってきた客に愛想良く挨拶をした。
店は外装こそ手を加えて体裁を整えてあるが、店内はほぼ昔のままの状態で、レトロな壁紙が色あせたまま貼られている。入口のドアは木製の古い開き戸で、昔馴染みの重さがあった。
広さはない店だが、大きなガラス張りのお陰で採光には事欠かず、明るい雰囲気に包まれていて温かみのある雰囲気だ。
客は、木製のトレイに綺麗に並べられたパンを自らがトングで取り、レジで会計をする。子どもも大人も目を輝かせてパンを見つめるその姿を見ると、胸が温かくなる。
トレイには固定客のあるアンパンやクリームパン。そこそこ売れ筋のカレーパンに子ども達から変わらぬ人気のチョココロネなど、定番かつ売上が見込めるパンを個数も考慮した上で作って並べている。
今は一つ一つ袋に包まれた個包装で売っている。それも時代の流れなのか。手間はかかるが不用意に触れられ、売り物にならなくなる心配が減ったのは良い事だ。
接客に勤しむ美月の姿を横目に、キッチンカーから売れ残ったパンや器材を引き上げ厨房へ運び込む。
ちょうどパンを焼いている最中だったのか、父親がオーブンの前に陣取って中を覗き込みパンの焼き加減を確認していた。
「ただいま。」
「おう……。」
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