1

3/6
74人が本棚に入れています
本棚に追加
/58ページ
業務用のオーブンは傍にいるだけで肌が焼けるようだし、材料の配合だけじゃなく発酵という気温や湿度、季節に左右される超難問の課題を毎日受けさせられているかのように才能だけじゃなく努力と勤勉さが求められる職業だ。 俺の家はこじんまりとした昔ながらのパン屋を営んでいて、元気の良い母親と寡黙だけれど腕は確かな職人気質の父親、手がかかるけれど可愛い妹の四人家族という、割と平凡でどこにでもあるような家族構成の下、特に不自由な事もなく毎日を過ごしていた。 店番なんかはちょっと大きくなってきたら良く手伝わされたけど、少々人見知りの気質が激しかった俺は、気の利いた世間話をすることも出来ずただ黙々とレジ打ちをするような有様で。 母親譲りの元気印で愛想の良い妹が店番をした方が売上も上がると気付いた母親と小遣いだけじゃ足りなくなった妹の利害が一致した結果、いつの間にか俺が店に立つ事は無くなっていた。 そこそこ不満はあったけれど概ね幸せだった毎日。 そんな時、突然倒れた母親はあっという間に病魔に攫われあっけなくこの世を去った。 妹はその時まだ小6の多感な時期で、ちょうど身体も徐々に大人へ近づいていく時だったから俺と父親の男連中はどう接していけばいいのか悩んだ。妹は少しの間情緒不安定な状態になって、俺たち家族はいつもピリピリとした緊張状態にあった。 父親も悲しみに打ちひしがれていたけれど、目を離すと何をするか分からない娘と人と接するのが苦手な息子を前に、自身の悲しみに浸る間もなく仕事を再開せざるを得なかったようだ。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!