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人見知りで根暗な俺だったけれど、夫婦二人で切り盛りしていたパン屋を父親1人で廻さなくてはならない大変さはさすがに理解出来る年齢にはなっていた。 不慣れでも苦手でも、とりあえず手伝える事は何でもやろうと思った俺は率先して店番を引き受けた。 父親は無理しなくていい、と俺に学業を優先するように言っていたけれどそれほど頭も良くなかった俺にとってパン屋を継ぐ事は理にかなっている事のように思えた。最も、実際に父親の元で修業してみるとパン職人という仕事の奥深さをまざまざと感じる事になるのだが。 どこか簡単に出来るだろう、と軽んじていたあの当時の俺をぶん殴ってやりたいぐらいだ。 ともあれ、とにかく俺たちを育てるのに一生懸命だった父親は本当に寝る間を惜しんで俺たちを育て上げてくれたし、そのおかげで俺は高校を無事卒業、妹も学業優先の生活が送れていた。 高校卒業後、父親の下で修業を始め、少しずつ仕事のやり方を覚えてきて出来る事も増えてきたそんな時、今度は父親が体調を崩して倒れてしまった。 まさか父親も母親のように病魔に侵されているのでは、と俺も妹も生きた心地がしなかったけれど医者が言うには「長年の身体の酷使で疲労が蓄積してしまっている」とのことだった。 しっかり養生すれば身体の機能も回復すると言われているのに、もともと職人気質の父親はパンを作るしか能がない。仕事が趣味みたいな人だったので何もしない、ゆっくりする、という事が本当に苦手な人だったのは誤算だった。 ちょっと目を離すと新商品の試作品を作り始めたり、パン生地の配合を考えて書籍を広げたり。 とにかく何かしてないと身がもたないみたいで、しばらく店を休んではどうか、なんて提案が受け入れられるとは到底思えなかった。
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