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「ひ、人違いですぅ……。」 キラキラしい顔でこちらを見つめ続けている男から顔を隠すように俯く。 パンの在庫を確認するんだから俯き加減な事は不自然でも何でもない。 ましてやキャスケット型の帽子を被っている俺の顔は俯いたことで髪の毛が頬にかかって顔がハッキリと見えないだろう。 わざとらしくないようにさりげなく帽子を目深にかぶり直してついでに前髪を目元に落とす。 俺の言葉が聞こえたのか分からないが、あいつはそれ以上俺に話しかける事はなく商品棚を見ている。 さっき話掛けられたのも俺の空耳だったのかも知れない。 ドキドキとした鼓動を意識しないように、懸命に落ち着くよう言い聞かせる。 いやいや有り得ない。 こんな所でこいつに会うなんて、本当に、ないない。 第一こいつは日本にいないはずだろう。 とにかくここは間違いですよ、気のせいですよ、で切り抜けないと。 「あ~、コロッケパン、それで終わりですね。すみません。」 いや、嘘だ。 実はコロッケパンはあと数個残っていたけど、あいつとこれ以上話す危険は犯せない。そんな無謀な事、今の俺には出来ない。 後で俺が自腹を払って買い上げてやる。 「じゃ、これと…あ、揚げパンとかあるじゃん。懐かしい~。」 ああ、そうだな。お前揚げパン大好きだったよな。それもちょっと揚げ過ぎたカリカリした感じの奴が好みだったはずだ。 流石に売り物にならないからここにはないけど。 「取り合えずそれだけでいいかな。幾ら?」 いや、差し上げます。 と出かかった言葉を飲み込んで俺は小さな声で金額を告げた。 「はい、これ。ピッタリね。」 「ありがとうございます。」
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