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「何を言ってるんだ?」
「だから、あなたを入れたら4人なのよ。ヒッチハイカーは」
4人?
ヒッチハイカーが4人?
言っている意味がわからず呆けていると、妻は手鏡を持ってきて男に差し出した。
「見て。これが今のあなた」
そこに映っていたのは、見知らぬ男だった。
目をギョロつかせ、やつれきった顔をしている。
男はたまらず悲鳴をあげた。
「な、な、な、なんだこれは……。どうなってるんだ」
「いい? 落ち着いて聞いて。あなたはね、仕事でプレッシャーを抱えすぎていろんな人格を持ち始めたの」
「いろんな人格?」
「女性、老人、少女、そして男性。今のあなたは男性の人格が現れてるけれど、本当はボブ・マーティーという作曲家なのよ」
その刹那、男の脳裏に昨夜の記憶がよみがえる。
深夜の道路。あれはこのボブという男の深層心理だったのだ。
娘に会いたいという願望が強すぎて、本来の宿主であるボブをないがしろにして出て来ようとしたのだ。
そしてそれは他の人格も同じで、次々と現れては表に出てこようとしていた。
結局、最終的に表に出てこれたのは自分だったわけだが。
衝撃の事実を突き付けられ、男は家を飛び出した。
ウソだ、ウソだ。
でたらめだ。
自分は信じない。
信じるものか。
「あなた!」
と叫ぶ妻の声を無視して男は走った。
ひたすらに走った。
ボブ・マーティー? 誰だそれは。私には立派な名前がある。私には……。
そこで男はふと思った。
(私は……誰だ?)
男は自分に名前がないことに気が付いた。
いや、記憶をめぐらすと幼い頃の記憶すらない。
(私は……誰だ)
振り向くと、妻が必死の形相で追いかけて来ていた。
「ひっ」
男は慌てて逃げだした。
間違いだ、これは何かの……。
瞬間、男の目にトラックのフロント部分が飛び込んできた。
大きな音とともに男の身体が宙を舞う。
声にならない叫びをあげる妻の姿を空中で見つめながら、男は思った。
(そうか、これは夢なんだ。たちの悪い夢なんだ……)
ドシャッという音とともに、男はピクリとも動かなくなった。
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