いつもの道には、いないはずの君

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 学校までの道のりは、いつも同じだ。寄り道をすることはないし、今日は違う道を行こう、という気も起きない。登下校は常に同じ道を歩く。  しかし、今日の私は少し違う。歩く道は変わらないが、私の足元は違う。  何故なら、今日の私は新しいスニーカーを履いているからだ。  この道を週五で頑張ってくれた真っ白のスニーカーは履きつぶしたため、さようならをした。そしてようこそ、新たなるスニーカー。  今日から共にするこのスニーカーは、踵の部分に小さくヒマワリの絵が描かれている、可愛いものだ。  やはりワンポイントがあるとそれだけで可愛くなる。無地であるよりこちらの方が気分も上がる。  新しいスニーカーを見せびらかすように歩き、スキップをしたりその場でジャンプをしてこの気分を表現する。  あぁ、いつもと同じ道であるというのに履いている物が違うと、ステージに立っているような錯覚をしてしまう。  にまにまと笑みが零れてしまい、誰も見ていないが口元を手で覆う。 「楽しそうだねぇ」  その声がした瞬間、ぴたりと足が止まった。  にこにこと最上級の笑顔で横を通ったのは、クラスメイトの男子。  穏やな雰囲気を纏い、癖っ気が特徴で笑みを絶やさない。  何を隠そう、私はこの男子が好きなのだ。 「…え!」  好きだからこそ分かる。  君はこの道を通って学校に行っていないはずだ。  こんな細い道ではなく、大通りを君はいつも歩いているのに。  どうして、なんで、そんなことがぐるぐると頭の中を巡る。  そんな私に気付いたのか、君は歩みを止めて振り返る。 「はは、今日は良いことでもあった?」 「な、なん」 「ずっと後ろを歩いてたけど、凄く楽しそうだったから声をかけようか迷ったんだよね」 「そ、そ、そそそそう」  見られていた。あの恥ずかしいスキップやらジャンプやら、すべて。  カッと顔が一瞬で赤くなる。 「何してるの?早く行こう」  そう言われて気づく。  二人並んで登校だ。一緒に登校だ。  嬉しさが混ざった顔で駆け寄り、隣を歩く。  ちらっと顔を盗み見ると相変わらず、のほほんとした顔で前を向いている。  何を考えているか分からないけれど、そういうところも好き。  優しくて温厚なところが好き。他の男子は持っていない、君特有のこの空気が好き。  そんなことは恥ずかしくて言えないけれど。 「ねぇ、どうして楽しそうだったの?」 「…今日から新しいスニーカーだから、つい」 「はは、それで嬉しそうだったんだ。可愛いね」  可愛いね。そんな台詞をさらっと言える男子がこの世にどれだけいるだろうか。  分かっている。恋愛的な意味ではない。子どもみたいで可愛いね、という意味だ。  それでも女という生き物は、可愛いと言われただけで舞い上がってしまう。 「うーん、僕には聞いてくれないの?」 「えっ?」 「気になること、ない?」  にこにこと読めない表情で見つめられ、気になることというのを考える。  可愛い、と言われたことで思考が停止しているので考えることができないのだが。 「ほら、今日この道で初めて会ったでしょ、僕たち」 「う、うん」 「…それだけ?」  眉を下げて首を傾げるので、どきりとする。  寂しそうに言うものだから、おろおろしてしまう。 「え、えっと…」 「どうして僕がこの道を通ったと思う?」  あ、そうだ。君を見た時にそれを最初に思ったのだ。  この道は普段通らないはずなのに、どうしてここにいるんだと。 「大通りが工事中だったから?」 「はずれ。っていうか、僕が大通りを歩くって知ってるんだ」 「ぐ、偶然この前見かけたから!」  嘘だ。君がどの道を通るのか、尾行したことがある。なんて、絶対に言えない。 「で、どうしてだと思う?」 「…工事中じゃないなら、事故があったの?」 「はずれ」 「えー、じゃあ、気分転換?」 「うーん、惜しいけど、はずれ」 「分かんないよー」  いくら君が好きでも、心の中までは読めない。  しかも君は何を考えているか分からない人だ。一層分からない。 「正解はね」 「うん」 「君がこの道を通るからだよ」  耳元で言われ、ひゅっと息を呑んだ。  思わず足がぴたりと止まる。 「たまには君と一緒に登校したいから。学校だと他の人もいて、二人きりになれないからね」  はは、と笑う君は相変わらず読めない。  それは恋愛的な意味か、それとも友情か。読めない、分からない。  君が細める瞳には、顔を赤くして硬直する私が映っていた。
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