雨の朝

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声の方に顔を向けると、拓己が心配そうに見ていた。 そして、少し先の横断歩道を渡り美織のいる場所まで走って来て、傘を差し掛けてくれた。 「今、自転車とぶつかったよね? 怪我はない?」 「あ、はい。大丈夫です。少し接触しただけですから。 周りを確認せずに、急に傘を開いた私が悪いんで……」   「そっか。怪我しなくて良かったけど……傘、壊れちゃって……困ったね。同じ高校だよね? 俺のに入ってく?」 突然のアクシデントと、拓己に初めて話し掛けられた驚きとで、茫然自失状態だった美織は、ハッと我に返る。 「いえいえ、そんな! 大丈夫です!」 …滅相もない! 先輩と相合傘だなんて、誰かに見られたら恨まれます! 美織は声には出さず、強く首を横に振った。 「いやでも、雨、結構降って来ちゃったし……」 空を見上げると、降り始めたばかりの雨は、徐々に激しさを増していく。 拓己が道路の反対側の先程の傘に目を向け、小声で呟く。 「あれ……はダメだよな」 「落とし物…ですよね? 他人(ひと)の物ですから……」 美織は慌てて否定する。 「そうだよね。て言うか、見てたんだ?」 「あ、はい」 「しゃーない。とにかく学校まで走るか。このままじゃ遅刻だし」  「ごめんなさい、私のせいで」 「そんなことないよ。たいして時間変わんないし」 「あ、あの……私、傘拾って行くんで、先輩もう先に行って下さい」 「え? でも、あんなバキバキになっちゃって、もう使えないだろ?」 「そうですけど……。傘の骨で車傷つけたりしたら申し訳ないし。 それに、私が拾ってあげないと傘が可哀想だし。 先輩、ありがとうございました。それじゃ」 美織は拓己に頭を下げると、くるりと背を向けた。
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