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小さな手で腕をつかまれ、魔女は悲鳴をあげた。
「なにをするの、離して!」
「まだ、だめ」
低くささやいた女の子の顔に、布地のような織目がぞわっと浮かぶ。彼女は一瞬のうちにほどけ散り、数えきれない糸の群れへと変わった。
そしてレースの道が編まれていく。
あたりはすでに一面の闇だ。道の端に立たされた魔女は、目を見開いた。
「この魔法…… まさか、私しか使えないはずよ」
“さあ、進んで。これはあなたの道。今までみんなに与えてきたのと同じ運命を、あなたが歩くの!”
女の子の声が響き、片手に絡んだ糸がきつく締まる。魔女は青ざめて抵抗した。
「嫌、やめて」
糸が肌に食い入り、前へ引きずられていく。待ち受ける闇が一段と濃くなり、彼女は目を閉じた。
次の瞬間、力強い声が恐怖を裂いた。
「アルマ!」
それは魔女の名前だった。
とても古い、偽りの名前。
風の魔法が吹きぬけ、彼女をとらえていた糸を断ち切る。よろめいた身体を、男の腕がしっかり抱きとめた。
魔女は呆然と相手を見あげる。
王の氷の瞳ではなく、あたたかい琥珀色の目がそこにあった。
「ディレン…… どうしてここに」
「魔法の波を感じ、追ってきた。衰えた身だがどうにか間に合った」
ディレンは息をつき、魔女の顔をのぞきこんだ。
彼は敵国の魔道士で、魔女が潜入調査をしていたときに出会った。おたがいに身分を隠し、偽りの名で呼びあって、同じ家で暮らした。
「……ひさしぶりだな」
ディレンが淡く微笑む。
長い年月に頬は削げ、片目は傷でふさがってしまっていたが、昔の快活な面影がかさなった。
魔女は顔をそむけ、彼の胸を突きはなす。
「あなたも時間を超えていたなんて」
「ああ、お前を探していた」
「悪い魔女をこらしめるために、でしょう。自分がおとぎ話にされるとは思わなかったわ」
肩をすくめ、闇を見渡す。女の子の気配はどこにもなかった。
「誰がこの罠を仕掛けたのかしら。あなた、魔道士の生き残りを知っていて?」
「俺たちの戦は、とうに終わった。どちらの国も残らなかったんだ、今さら蒸し返す者などいない」
いさめるように言われ、魔女は意地になった。
「私の国はよみがえるわ。私があのお方を連れ戻せば……」
ディレンの肩ごしに視線をやり、彼女は目を疑った。
先ほど通ってきた道が、見る間にほどけていく。ディレンも異変に気づき、すばやく魔女の手をとった。
「進もう」
「ひとりで逃げて。私は行かない」
「馬鹿な、このままでは奈落に落ちるぞ!」
「それでいいわ!」
「アルマ、なにを怯えている。道の先にどんなものが待つんだ。お前は人々にどんな末路を与えてきた?」
魔女は蒼白になり口をつぐんだ。
すぐそこに崩壊が迫っている。話し合う余裕はない、ディレンは彼女を抱きあげて走り出した。
レースの道が揺れ、今にも破れそうにたわむ。際限のない恐怖が襲い、歴戦の魔道士である彼ですら叫びだしそうになった。
だが彼は足を止めなかった。
諦められるはずがない。あれほど探しつづけた相手が、腕の中にいるのだから。
胸が痛み息が切れる。片目の視界がかすんだ時、闇のむこうがまばゆく輝いた。
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