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「本当に、君だったの……?」
その質問の意味をきっと彼なら分かってくれるだろう。涙で目の前が曇っていく。
そう、いつかのあのときもわたしたちはこんなふうに屋上で言葉を交わしたのだ。そして次第に仲良くなった。わたしたちは片親で、教室のなかで孤立していて、お互いがお互いをかけがえのない同志のように思っていた。先に持ちかけたのはわたしだ。
『わたしたち、一緒に死ぬことにしない?』
そうすれば違う場所へ、違う惑星へ、ここではないどこかへ簡単に行けると思っていた。浅はかで考えなしで、どうしようもなく未熟だった。
『カナエがそれを望むなら』
君がそう言ってくれたとき、もう怖いものなんて何ひとつないような気がしてた。
そしてあのとき、屋上で――
「死んだのは、君の方でしょう?」
あの日、飛び降りようとしたわたしを彼は引きとめた。それで揉みあいになったすえ、わたしだけが助かった。
「ずっと悔やんでたんだ。君がこの屋上で、ひとりで泣いてばかりいるから」
「わたしが、君を死なせたんだよ」
そんなこと本当は思いだしたくなかった。
現実は過酷で辛くて、もう君もいなくて、それなのにもう一度ここから踏みだすこともできない。あのとき君がわたしをひきとめてくれたこと全部が、君が命を賭けてわたしを救ってくれたことが、すべて無駄になる気がして。それだけはしてはいけないと思っている自分がいて。
わたしがあんなこと言わなければ、巻きこんだりしなければ、君は生きていられたのに。
そのすべてが悲しくて、「悲しい」なんて感情じゃ自分を支えきれなくて、泣き疲れて眠るたび、君が出てくる夢を見ていた。
「全部、思いだせたんだね」
そうやってほほ笑む君の顔があんまりきれいだったから、やっぱりこれは現実じゃないと絶望的に気づいてしまう。もうこういう形でしかわたしは君と会えなくて、それが無性にやりきれない。
「君を助けることができて、僕はそれでよかったんだ。でも、同時にそれは君をすごく悲しませた。だから、ずっとここで待ってることにしたんだ。君が大人になっても、僕を忘れてしまっても、僕はずっとこの場所で君が来るのを待っているから」
彼のひとつひとつの言葉が胸のなかに落ちていく。それを伝えるために会いに来てくれたんだと分かる。わたしがあまりにも不甲斐なくて、ひとりで泣いてばかりいるから。
「だから、どうか安心して」
彼の優しさにわたしはつけ込んだのだ。それなのに、彼はひと言もわたしを責めなかった。
学校のチャイムが鳴り響く。それで終わりが来たと分かる。今度こそ、本当に終わりだと。
消えかかる彼がほほ笑んで、わたしは必死に手を伸ばす。指先を伸ばしても、何も触れない。彼の声が聞きたくて、わたしは最後の質問をする。
「本当に、また会える?」
彼がやわらかくうなずいたのを見るか見ないかののち、うっすら目を開いたら自室の天井があって、夢が終わったんだと分かった。
ずっと、ひとりで泣いていた。それも、もう今日で終わりにしなければならないだろう。引きこもってばかりいたけど、学校に行ってみようと決める。教室のなかは息苦しくて、ときどき吐きそうになるけれど、もう君がいない世界に絶望しそうになるけれど、そのたび屋上に行ってみよう。きっと、そこには君がいるから。わたしを待っていてくれるから。たとえ姿は見えなくても、また会おうって約束したから。
重い体をひきずるように玄関の扉を開いたら、遠い空のむこうに積乱雲が湧いていた。
久しぶりの外気はかすかに夏の匂いがした。
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