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三日め。
心なしか前よりも、彼の姿が薄く見えた。
わたしが隣に立つと、待っていたように彼は口をひらいた。
「彼女と死ぬ約束をしてたんだ」
「その子が死にたがっていたから?」
訊かなくても答えは分かっていた。
彼は無言でうなずく。きっとそれが彼なりの精一杯の優しさだったんだろう。
「それは」
悲しいねと言いかけて、でもそんな四文字じゃ言葉が足らなくて、探しあぐねるように口をつぐんでいた。悲しいとか寂しいとか、そんなものじゃなかった。もっと強く、どこまでも悔いる気持ち。どうして自分だけ生き残っているのか。大切な人と約束を交わしたのに。同じ場所に行くって。ここじゃない世界のどこかで、ずっと手を繋いでいようって。
鼻の奥がしびれて、ぬるい液体があふれそうになる。その感情を、わたしは知っている。
その後悔も悔悟も哀切も懺悔も全部、本当はわたしひとりのものだった。ここで彼が告げた台詞も。
「もしかして、泣いてるの?」
隣で彼が訊く。その質問も本当はわたしがするはずだった。一番最初にここで彼を見つけ
たときに。
泣いてなんかいない。
そう言おうとして、不覚にも涙が流れた。どうしてこんなに彼に惹かれたのか、わたしはもう知っている。その一方で強く知りたくないと思っている。それを自覚してしまったら、それでもう終わりだから。わたしが屋上に行ったのも泣きたかったからだ。いつのまにかそんなこと忘れたふりをしていたけど、全然忘れてなんかいない。わたしはいつも、大切な人を想って泣いていた。亡くした大切な人のことを。ここで泣いたのも、泣きたかったのも、今も泣き続けているのも、本当はわたしの知らないわたしだった。だから、君の名前を思いだすことすらできない。
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