プロローグ

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プロローグ

 その物音で、彼は目が覚めた。  まだ薄暗いベッドルーム。見慣れない風景。馴染みのないシーツや枕。一瞬、自分がどこにいるのか戸惑ったが、すぐにその鈍感さに自分の頬を叩きたくなった。大丈夫か? 自分へ起きろというように問い詰める。ここは、毎晩くたくたになって帰っていたホテルじゃないんだぞ。  ふかふかのコンフォーター(掛け布団)は、とても肌触りが良い。それにくるまれている自分が全裸でいることに、改めて羞恥心と罪悪感がわいてきた。さらにもっと強い感情が押し寄せてきて、このベッドの上で裸で眠っていたという現実に、思考が停止しそうになった。  ――しっかりしろ。  これは自分が選んだことだ。彼はそう罪深く思う気持ちに言い聞かせた。だからこの家を訪ねたんだ。そのまま何事もなく逃走することもできたのに。あの無邪気な誘惑を冷ややかに退けて、ダラスへ帰って次の捜査へ向かえたのに。  ――けれど、このベッドの上で朝を迎えた。  彼は急に脆く崩れそうになった。目に見えない細かいひびが、いつか大きな裂け目となって、自分が粉々に砕けるような気がする。そんな怖ろしい未来から逃げるように、身をよじって、気がついた。  傍らにいるはずの「彼」がいなかった。  どうしたのだろう。彼は重そうに上半身を起こした。昨夜の情事で、全身がまだ魔法にかかっている。「彼」が自分にかけた、甘くて熱くて激しい愛撫だ。肌という肌に、抗えなかった痕が残っている。  胸が病のように疼いた。  ――今すぐ会いたい。  あれほど愛し合ったのに、まだ「彼」を望んでいる。強欲なまでの欲情に、呆れたように笑った。  彼はベッドをすべり下りると、そばの椅子にかけてあった白いバスタオルを腰に巻いた。「彼」はシャワーでも浴びているのだろうか。それともトイレを我慢できなかったのだろうか?  傍らのシーツを触った。まだ冷たくはなっていない。  ――探しに行こう。  彼は未知なるフロンティアへ旅立つ開拓者のような気分になった。昨夜の極上のブランデーのようなキスが、昂揚する気分を後押しする。その時に言われた言葉も。  (明日の朝、お前が目覚めたら、そこでは新しい世界が始まっている。そして俺は最初にこう言うんだ。ずっと愛しているってな)  彼はくすぐったいように体を揺らして笑った。さあ、その言葉を聞きに行かなければならない。  ベッドルームのドアの四角い取っ手に手をかけた。新しい世界を待ちわびていたように、思いっきり下へひねる。  抑えつけていた感情が押し出されるように、ドアはゆっくりと開いた。
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