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 会社に出勤すると、僕はすぐにパソコンを開いて進行中のプロジェクトのファイルを開いた。ぞろぞろとやってくる知り合いたちに挨拶をしながら、途中で買ったコーヒーを飲んだ。ほどよい酸味が口の奥で広がる。 「おっすー、二村(にむら)」  同期で同じくプロジェクトメンバーに選出された田辺(たなべ)が僕の肩を叩く。僕は「はよ」と軽く挨拶をすると、パソコンに向き直った。田辺が隣に座り、パソコンを立ち上げる。 「あ、そういえば木下リエ結婚したな」  僕は何となく今朝知ったニュースを田辺に話した。田辺も木下リエのことが好きだったので、このニュースを知った時は悶絶しただろう。田辺はパソコンを起動する手を止めると、唖然とした表情で僕を見た。 「え、ガチ?」 「あれ、知らない?」 「うっそー、いつ発表されたの? さっき? 俺ちゃんと今朝ニュース見たのになぁ……」  田辺がスマホで木下リエのことを検索する。僕はまた一口コーヒーを飲んだ。うん、美味しい。 「え、結婚の情報けど」 「は?」  田辺が木下リエの関連ニュースのページを見せてくれる。確かにそこには映画の番宣情報などしか載っておらず、結婚については一切触れられていなかった。僕は眉を顰めて、先程の電車でのニュースを思い出す。あれが見間違いだったというのか? 確かに最近疲れていたし、僕の目で見たものが必ずしも正しいとは言えなかった。  しかし僕はしっかり「木下リエ 電撃結婚」の文字を見た。あれは見間違いなんかではない。 「いやいや、でも電車で見たんだって」 「でも載ってねぇし。見間違いじゃね? お前最近疲れてんだろ」  「何だよ、焦ったー」と田辺がそう言って、パソコンを起動した。僕は自分のパソコンに向き合って、自分で木下リエの結婚について調べてみる。しかし結婚の話題は一切なく、熱愛の噂というものしか恋愛情報は出てこない。  やはりあれは僕の見間違いだったのだろうか。僕は目頭を押さえ、目薬を挿した。じわーっと目に薬が染みる。天井がいつもより鮮明に見えた気がした。やっぱり見間違いだったのか。 「あ、なぁそういえばさぁ、今度元号発表されるじゃん」 「うん。4月1日だろ? あと……8日か」 「何になると思う? 元号」  僕は疲れ切った頭を回転させることなく「さぁ」と言った。 「明治大正昭和平成だろ? 俺はね、安久だと思う」 「あー、みんなそう言ってるよな」 「けっこう普通によくね? 俺気に入ってるんだよね」  9時になり、始業のチャイムが鳴る。僕たちは私語を止めると、しっかりとパソコンに向き直った。  そんなこんなで忙しい一日がまた始まった。どうやら今日も定時には帰れそうにないなということを頭の片隅で考えながら、僕はパソコンのキーボードを叩いた。
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