■ 神話 ■

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■ 神話 ■

 太古。  闇のみがあった。  やがて光が産まれた。  光は闇の揺蕩(たゆた)う世界を欲し、我が物にせんとした。  闇は対抗し、光を駆逐せんとする。  争いが産まれた。  闇に覆われた世界に、光が剣を差し込む。  世界に光が満ちれば、闇が塗り潰す。  鬩ぎ(せめぎ)合う闇と光は激しくぶつかり合い、打ち消し合った。  互いに一歩も引かぬ争いは、長い長い時を越え続いた。  闇と光がぶつかり合えば塵が飛び散り、それは降り積もって大地となった。  闇と光が飛び散らせた血と汗は、大地を潤す雨となり、水の道と湖を造った。  打ち消し合えば大きな風が起こり、風は大地と水の覆う場所を広げた。  世界が形作られる。  やがて闇が大地に蠢くものを産み出し、光は飛び散る火花から眷属を得た。眷属が闇を打てば、蠢くものは光を跳ね返す。  光の眷属が大地に降り落ち草が芽吹くと、そこに精霊が宿った。  闇は蠢くものから草を喰らう虫を産み出し、虫は新たな精霊を宿した。  光は眷属を変化させ、虫を捕る鳥と魚と蛇にした。闇は鳥や魚や蛇を喰らう獣を産み出し、それぞれが精霊を宿す。  闇が森を産み出して木々と下生えを茂らせ、獣の棲まいとした。そのすべてに精霊が宿った。  そのように現れた精霊という存在は、争いを好まなかった。すべてを友とし仲良くしようとするものたちだったので闇も光も精霊を好ましく思い、言祝(ことほ)いだ。  森は光が大地に触れるのを困難にしたので、光は強く輝いて地を乾かし、大地を隆起させて森が産まれないようにする。闇は低き所に水の道を通し、森を豊かに茂らせた。  やがて森には命と精霊が溢れた。闇は狼を産みだして、森を治めるよう命じた。狼にも、精霊は宿った。  光は、虫や蛇に森の草木を食い荒らし獣に毒を与えるよう命じた。鳥には狼や獣を光の下へ引きずり出すよう命じ、闇の世界の平安を乱そうとした。  けれど狼が上手く森を治めたので、光の望みは叶わなかった。  光は豊かに潤う森を駆逐しようと強く輝いて大地を強く照らし、それは夏と呼ばれた。  光の眷属から生まれた草、鳥、蛇は夏を喜んだが、闇の生み出した森と生き物は、強い光と暑さに弱ってしまった。闇は雲を配して光を遮り雨を降らせ、大地と森を守った。  闇は夏に弱った生き物たちを憐れんで、雪を降らせて大地を冷やした。それは冬と呼ばれた。  秋に恵みを得た森の獣は、闇の守りに安心して冬に子を産み、育てるようになった。そして春には夏が来るまでの備えをする。  それぞれに宿る精霊たちは争うことを喜ばないので、そのうち鳥も獣も虫も魚も、互いに生きる分だけ喰らうけれど争いは起こさず、仲良く過ごすようになった。  やがて地と空と湖に生き物と精霊が満ちたころ。光は闇に屈した。  精霊と生き物が仲良く過ごす世界で、すべてを駆逐しようとしても勝ち目はないと悟ったのだ。  森を守り治めるものとして闇が産み出した狼たちは、懸命に働いたので多くの精霊に好かれて、人狼となった。  闇はそれを歓び、改めて人狼に森を治めるものとなって昼と夜を司るよう命じた。  闇は長く争った光を哀れんで、光に森の無い大地を治めることと、一日の半分だけ世界を見通すことを許した。すると光は残る半分も見たいと願った。  闇は願いを受け入れて己が支配する夜、天空に月が昇ることを許したが、見張りとして多くの星を散らせた。そして常に天空にあることを許さず、十五の夜のうち一つは姿を消すこととした。  すると光は月を満ち欠けさせ、もっとも月が大きいときに光の力を(ふる)おうとした。  闇は星たちからそれを知り、森を守るよう命じた人狼たちの力を、月が満ちるとき最も強くなるようにしたので、光の望みは叶わなかった。  光の支配する山や草原に水の道は無く、豊かな恵みは闇が生み出した森にある。光は満足せず、なんとかすべてを我がものにしようと鷹を天に配したが、鷹は闇を見通すことができず、夜になると山にある巣に戻るのでがっかりした。  次に光は、眷属を人狼に似せた生き物にして、森までも支配せんと目論んだ。  しかしその生き物は光の眷属であったので、闇を怖れ、森に入ることを怖れた。人狼を真似たそれは(いびつ)だったので、精霊を宿すことがなく、弱くて命短かかったので、光の望みは叶わなかった。  世界を保つ大きな流れから離れたその生き物は、精霊の助けなしに生き永らえねばならず、知恵を絞っていたが、とても苦労した。  闇はそれを憐れんだ。  人狼のひと形に似たその生き物を、闇は『ひと族』と名付け、光がひと族を助けることを許し、草原にも水の道を通した。  光はひと族に耕す事と育てる事を教えたので、ひと族は草原で生き永らえた。  人狼は広大な森を治める。ひと族は残る草原を治める。  いつしか世界はそう定まった。  光は半分を手に入れたことに満足したと言い、闇はそれを受け止めた。  争いは終わった。  けれど光は欲深く、共にある穏やかな夜が続くことに満足はしない。ときどき、どうしてもすべてを手に入れたくなる。  そのとき、光はいきなり闇に戦いを挑む。  光と闇がぶつかれば大きな風が起こる。  互いの爪や牙を打ち合えば雷が落ちる。  血が流れたなら、それは大雨となる。  光の眷属たる鳥、魚、蛇、そしてひと族は欲深かった。それらは愚かにも、闇がもたらす穏やかな世界に飽き足らず争うことを好んだ。  しかし闇は、懐深くそれらを受け止めて包み込み、うち滅ぼしはしなかった。  精霊はすべての友であり、すべてと仲良くしようとする。  人狼は精霊と共に森を健やかに守り、治めることに長けている。  精霊と人狼に任せておけば、森は大丈夫だ。  闇は安心した。  そうして世界は闇の性に添って、穏やかになった。  けれど、光の眷属はどこにでも在り、  どこにでも争いは起こるのだ。   ◆   ◇   ◆  これはシグマが子狼たちに語り聞かせるお話で、すべての人狼はこのお話を知っています。……知っているはずです。  が、どこにでも勉強が嫌いな奴はいるものですw
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