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「だから! お前だって知ってんだろっ!」
「違う、ルウ」
「何が違うっつんだよ! カイは」
「いいよいいよ~、ルウよぉ、怒んのも分かるぜ~ぇ」
濃茶の人狼がニヤニヤしながら手を上下に振る。
落ち着けの手振りだろうが、かえって煽られたルウはギシギシと歯を鳴らし、今にも掴みかからんばかりの勢いだ。首を抱くようにして飛び出さないよう抑えつつ考える。
この人狼がどんな状態だったか言って落ち着かせれば、とも思った。
しかしあのとき筆頭だったこの人狼から聞いたことは、シグマの立場で知り得ないことだった。つまりカイの仕事の秘された部分を言うことになりかねないのだ。それを今言ってしまっていいものか、判断がつかなかった。ルウは優れた人狼だが、考えが足りない。
まして我がアルファを疑っていたなど、人狼にとってありえないことだと激昂しかねないし、私自身アルファを疑っているなど知られる訳にはいかない。
「それによぉ、あいつは分かってるってぇの」
「じゃあ! なんでここに来ねえんだよっ!」
「オレらにも色々あんのよ~」
「そんなんでっ! 納得できるかっ!」
抑えているがルウの今にも飛びかかりそうな勢いは止まらない。体ごとのしかかって止めようと必死になる。
「落ち着いて、ルウ! カイの仕事のことは、言えないこともっ」
「は!? だからってコイツ!」
「お~い。冷静になれぇ~」
濃茶の人狼がニイッと目を細める。
「騒いだらマズイって~くらい分かンだろぉ?」
「ルウ、落ち着いて……!」
飛び出そうとする勢いが弱まった。
だがまだ力は抜けきっていないし歯もギシギシいっている。
「お願いします、ルウを刺激しないでください」
「悪イな~、抑えててくれシグマよぉ。んでルウ話聞けぇ?」
「っ……なんだよ」
ルウは噛み締めた牙の隙間から、抑えた声を漏らす。濃茶の人狼
「あいつのトコ連れてくからよぉ、おまえらいったん郷に戻れ~」
「おまえが、あいつ閉じ込めてんじゃねーのかよ!」
「オレだよぉ。落ち着くまで~てなぁ」
「……無事なんですね?」
「当たり前だろぉ~が。オレだってあいつは可愛いって言ったろぉ」
ホッと息が漏れ、緊張していたことに気づいた。そしてルウが脱力してるのにも気づき、体を離す。
「ったく、なら先に言えよっ!」
怒気が抜けたルウが吐き出すように言うと、濃茶の人狼は「だぁ~ってよぉ」ブツブツ言った。
「おまえら話きかね~し」
「けれど郷替えはしたんですよね?」
「まあなぁ」
濃茶の人狼がきまり悪そうに頭の毛をボリボリと掻いた。
「けどよぉ、しょ~がねぇ~んだよ。気づいたらそうなってたんでよぉ」
「ああ!?」
「気づいたらガンマの森だったんですよね?」
「うんうん」
「……ああ、そっかあ! わざとじゃねえんだ!」
「そぉ~なのよぉ」
さっきの話だと、追手から逃れようとガンマの森の奥深くに入り込み、ガンマに拾われた。気づいたらこの森の人狼になっていた、ということだった。この人狼の意志で郷替えしたわけではないのだ。……そして
「やはり、探りの言祝ぎを?」
「みてーだなぁ」
でなければ、ここに来るまで気配を感じさせなかったことに説明がつかない。音封じも使っっていた。
「この郷のカイには会いましたか?」
「うんにゃ、まだだな」
「私達のことをあなたに伝えたのは?」
「シグマな、若いやつ」
「あいつか? 使えねーやつだろ?」
「いやいや、分かんね―って。この郷の人狼、五匹くらいしか会ってねぇし」
つまり、この郷の精霊に受け入れられはしたが、微妙な立場ということか。
どういう扱いにするか考えているところ、ということか。
「ともかくお前らは戻れぇ。あいつンとこ連れてくからよ」
「けれど、この郷の状況について調べねばなりません」
「ああ~オレ、森ンなか走り回ったからな~、教えてやるよ~」
共に巣を出て、森の中を進みつつ話をした。
水の道の近くはかなり削られたし獣や鳥も減っているようだという。
◆ ◇ ◆
やがて辿り着いたのは大きめの巣だった。外側に柱が何本も立っていて、他の巣とは明らかに造りが違う。
ここに来るまで感じられなかったカイの気配が中にある。人狼を囚えたとき、カイの業で気配を消すと聞いていたが、その業が使われたのか。
周りには三匹の人狼がいて、こちらを警戒している。そのうち一匹は森に入るとき騒いでいたミュウだ。
「よおぉ~、連れてきたぞぉ」
へらっと言う濃茶の人狼に、ミュウはきつい目を向けてから私を睨んでフンと鼻を鳴らす。
「おまえだけ、入っていい」
「私、ですか?」
「おい、俺も行くぞ」
ルウが私を守るように前に出た。
巣の中にはカイ以外の人狼の気配もある。カイが囚われたうえ私まで、と警戒している。
「お前はだめだ」
「は? なんでだよ!」
「見張っていろと言われてる」
ルウが警戒されるのは当然だった。
考えるより先に威嚇する、武闘派をアピールするよう私が仕向けたのだから。
「ルウ」
しかしこれでは話が進まない。私はルウの背を軽く叩き、耳元に囁く。
「私がカイの無事を確かめます。待っててください」
「けどよ!」
「ルウ、大丈夫ですよ」
「オレもココにいるからよ~、焦ンなって~」
へらっと言う濃茶の人狼を睨むと、ルウは大きく息を吐く。
救うべきだったカイ筆頭の現状にまだ混乱しているのかもしれない。私もまだ、完全に信用することはできない。
「なんかあったら、すぐ逃げ出せよ」
「はい、そうします」
「早くしろ」
ミュウが顎を振る。
示されるまま、私は柱の間にある扉を押した。
◆ ◇ ◆
手を離すと、扉が勝手に閉じる。
気配を阻害する業が使われているのか、視界しか使えない感じだ。薄暗い巣の中は、よくある巣よりも広いけれど、人狼の暮らす棲まいに必ずある寝床が無かった。
その代わり、中心を囲うように三本の太い柱が立っている。その間で身を丸くしている人狼……目を閉じたカイだ。柱から続く強い蔓が、カイの首と足に繋がっている。
目を細めて見つめる。
動かないが顔色は悪くないし、息もしているようだ。これは無事といえるのか。
そして三本の柱の向こう側に、一匹の人狼がいる。
私を見つめる青い瞳だけが、妙に光って見える。
「待っていた」
低く響く深い声が、呟くように言った。
息が止まる。
それは黄金のアルファだった。
「……な、ぜ」
「話をせねばならぬ」
以前感じたような強大な気配はない。けれどこのアルファから逃れることはできない。
声を出してルウを呼ぶべき、しかし喉がうまく震えない。体も動かない。
「……そ、れより、カイは」
ようやく細い声を出すことができた。
「眠っているだけだ」
「……大丈夫、なのですか」
「怪我もない。案ずるな」
表情も声も穏やか。
指一つ動かさず、私に触れようともしない。
「話をしたい。聞け」
「……はなし」
「そうだ」
小さく頷いた黄金のアルファは、私に座るよう促す。
動かなかった体が動く。私は扉の近くに腰を下ろした。
「そなた親は。どんな人狼か」
「……知りません」
「そうか」
親がどの人狼なのか、私は知らない。だが珍しいことではない。
親に育まれるのは二歳くらいまで。その後数匹の子狼で共に暮らすようになると、もう親との接点はなくなる。
少し考えるように目を伏せた黄金のアルファは、私の目を真っ直ぐ見据える。
また体が動かなくなった。
「目に、金の粒が散っていた」
「……は、い……」
自分で見たことはないけれど、興奮すると私の瞳には金色が散るらしい。
「いつからだ」
「……はい……?」
確か若狼の頃に、カイに言われたように思う。あれは……
「十七、くらいかと」
「ふむ」
黄金のアルファは、また私の目を覗き込む。
「出ていないな」
「……は」
金の粒が出るのは興奮したときらしい。今は恐れを感じているけれど、黄金のアルファは穏やかで、カイも無事だったのだ。私は興奮していない。
「成人の儀を超えて七つ冬が過ぎ、私の目に金の粒が散った」
気づくと、息がかかるほどすぐ近くに来ていた青の瞳が、深い色合いを帯びていた。
「先代のアルファは、私に代替わりを告げた」
黄金のアルファが、間近で笑む。
「それは、次代のアルファに出るものだ」
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