6.策略 tactics

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6.策略 tactics

 まずアルファへの報告。それからどう動くか。  山裾を進みつつそれを話し合う。という(てい)で私は、自らの考えを巧みに織り交ぜた方向へ話を持って行く。カイ筆頭は分からないがルウもカイも納得し、私の方針で行くことに決まる。  行く時には水の道を渡るのに難儀したが、カイ筆頭は渡りやすい場所まで案内してくれたので容易に渡ることができた。  黄金の郷を出てから二夜が経過し、わが郷に足を踏み入れる。  そこまではカイ筆頭が先に立っていたけれど、郷の森に入ってすぐ、さりげなくルウへ先に出るよう指示を出した。 「ほいっと! はいはーい、あんたは一番後ろに行けっ!」 「はぁ? なぁんだよぉ」 「私が受けた務めです。報告は私がしますし、最後尾にいてください」 「ああ~? オレの方がぁ序列は上ぇ……」 「カイ筆頭、気付いていないのでしょうが」  私は少し身をかがめ、小柄な人狼の耳元に囁く。 「あなたの気配と匂いは変わっています」 「……ん~?」 「ん。違う」  カイが頷き、ルウはニヘラと笑う。 「俺は前の匂い知らねーから分かんねえ!」 「う~わぁ。まぁじでオレに興味ねえのなぁ」 「アルファもオメガも気づかないかも知れません。ですが言祝ぎを与えた精霊が違うのです。アルファとオメガには分かる、ということも考えられます。万が一、ですが」 「うぅあ~……マァジかぁ」 「ま! そういうこともあるって! だから!」  ルウは乱暴にカイ筆頭の肩を抱き、牙を剥いた笑みで唸るような低い声を出す。 「序列とか言ってんじゃねえ! 余計なことすんな!」  未だ警戒しているぞと知らしめるように耳元へ言うと、肩を抱いたまま胸元をポンポンと叩いた。 「……ですので。不自然にならない程度に気配を抑えていてください」 「あぁ~まあぁ、……しょうがねえかぁ」  カイ筆頭は、ぼやきながらも指示の通り気配を薄める。漂う気配は弱々しいものになった。同時に匂いも薄れ、黄金の郷に行く前の彼と同じようだとしか感じられない。 「見事なものですね」 「筆頭、すごい」  無邪気に絶賛の気配を放出するカイを撫でながら、筆頭は自慢げにニヤリと笑った。  我が森に戻った私たちの体には精霊の言祝ぎが宿る。月は新月を越え、太り始めていて、人狼の体には力が漲り始めていた。私たちは森を順調に走り抜ける。  途中で狩り食いもした。私たちも獣を追ったけれど、やはりルウの手際は素晴らしい。なんなく小型の獣をいくつか捕らえ、素早く息の根を止めた。  小型のものばかりなのは解体の必要が無いからだ。急ぐときはみな、そうするのだけれど。 「黄金の森からきた獣が多いようですね」  ここはまだ水の道の向こうで、ただでさえ植生や獣の種類が違ったけれど、行きの途上で見かけたものとは違う獣が多かったのだ。   「あ? なにが気に入らねーんだよ! 獲物が増えるのはいいことじゃねーか!」 「そうかもしれません。ですがこれは普通ではない」 「そっか? 鳥とかどこでも飛ぶだろ」 「鳥や魚は光の眷属ですから、森の精霊に従っていませんよ。神話を覚えてないんですか?」 「知るかっ! お前が覚えてるからいいんだよっ!」  シグマは子狼たちに神話を語り聞かせる。森の成り立ちと人狼としてあるべき姿が語られているからだ。  けれどルウのように、本能に従うこと以外に興味を持たないものは多い。逆にそういったものに興味を覚える人狼が、ベータやシグマに選ばれる。精霊はどの人狼がどの階位にふさわしいか、きちんと見ているのだ。 「ともかく、獣と精霊は同じものとも言えますし、精霊のいないところでは力が落ちる」 「んん~、オレたちもそ~うだよねぇ?」 「そうです。人狼も役目が無ければ森を出ないでしょう?」 「そりゃそうだ!」 「育まれた精霊の森から獣が自主的に離れるなど、ありえない筈なんです。しかもあの急流を越えてまで、となると……」 「……どゆ、こと?」  カイが見たことのない色合いの兎に噛り付きながら首をコテンと倒す。 「分かりません。何かが起こっている、としか」 「あ~、言ってたなぁ。あのお方もさぁ」  そう、黄金のアルファも言っていた。 『何かが変わろうとしている』  それが何か分からず、アルファの代替わりだろうかと考えていたところに、瞳に金が散る若い人狼が現れた。―――そう、私のことだ。  これは精霊の意志の表れだと思い、新たなアルファとして迎えようとしたけれど私は否定し、黄金のアルファは私の望みを問うた。  私は望みの片鱗をくちにし、かのアルファは助力すると言った。   ◆   ◇   ◆  水の道を渡れば、アルファの建屋まですぐに着く。  カイが蹲っていた場所を通り、横目で逢瀬の場に目をやりつつ、どこへも立ち寄ることなく進む。アルファの館に到着したのは、月が中天に登ったころだ。  満月に出発してから月一巡り―――満月が新月となり再び満ちるほどの夜を経過している。今はあと夜四つで満月。出発したときは新月になる前に戻るつもりだった。思いのほか長く郷を離れていたことになる。  館に足を踏み入れると、今日はアルファの部屋からオメガの気配もした。当然我々が来たことは、部屋の中にも知れているだろう。  扉を開くと、アルファのそばに侍るオメガ、ミュウ筆頭が声を上げた。 「ずいぶん遅かったな!」  顔にも匂いにも苛立ちが漂っているオメガが私を睨みつける。  まるでルウもカイたちもそこにいないかのように、私にだけ敵意を向けて来る。 「たかだか隣の郷へ行っただけだろう! 月ひと巡りもの間なにをしていた!」 「なにをしに来たと疑われ、閉じ込められていました」 「我が郷の使いを、閉じ込めただと?」  アルファのざらついた低い声に、微かな苛立ちが籠る。 「なぜだ。確かに援助を申し出たのだろうな?」 「はい。ですが、それなら何故ベータが来ないのかと言われました」 「俺だって思うぜ! うちの郷によそのシグマとルウが来たら、何しに来たーってな!」  まったく怖気る気配もないルウが声を上げると、オメガはさらに声を高めた。 「拘束など蹴散らせばよかっただろう! 何をしていたのだ、ルウ!」 「うっせーな! おとなしくしてろってコイツが言ったんだよ!」 「カイ筆頭の気配がすぐに見つからず、様子を見るべきと考えて従っていました」  私は顔を上げ、アルファを見つめる。 「カイが他郷の人狼を囚えたとき気配を抑え込むと聞いていましたので、尋常ではない状態なのではと危ぶまざるを得ませんでした。カイ筆頭の安全が第一で―――」 「そんなもの放置で良いだろう! おまえたちはあの郷を調べに行ったのだろうが!」 「……えぇ~」  オメガの声に、気配を抑えたままのカイ筆頭がくちを挟んだ。 「そんなもの、なんかなぁ? オレってさぁ?」  このオメガ(バカ)は言うべきでないことを言った。本人が目の前にいるというのに、しかもアルファの命で赴き囚われたというのに、それを公然と犠牲にするべきだと言ったようなもの。  ……救いがたいバカだ。  分かってはいたけれど、いま改めてこのオメガ(バカ)に侮蔑と暗い怒りを覚えたが、なんとか目を伏せて抑えた。  カイ筆頭はへらへらと続ける。 「アルファ、オレって郷に要らないですかぁ?」  アルファは探るような目を向ける。  だが、この人狼はもともと腹の底を見せない。さらに今は気配も匂いも抑えているのだ。取るに足らない人狼がぼやいているようにしか見えないだろう。  探り(カイ)という階位にある人狼として本当に優れている。 「……そなたには」  アルファはカイ筆頭をじっと見つめ、ざらついた声でつぶやく。 「言いたいこともあろうな」 「いぃやあぁ。ねぇですよ、そんなんは。でもさぁ、『そんなもの』とか……オメガに言われると、ねえ?」  ヘラりと笑うカイ筆頭を見つめ、アルファは目を閉じて深い溜息を吐いた。 「これは郷に尽くした人狼だ。オメガ、誤りを認めよ」 「……はい。申し訳ありません……」  殊勝に地に伏し、アルファに従う形を見せたオメガは、しかしすぐに立ち上がり、また私を()めつける。 「ですがアルファ、こやつは信用なりません! すました顔で何を考えているか分からない!」 「私が、ですか?」  思わず驚きを露わに問い返した。
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