7.我が意のままに at will

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  ※【白銅の銀鼠】  我が番は美しく賢い。  最上の絹糸よりも艶やかな淡い金色の毛、菫色に金の粒が散る瞳。軽やかに耳を打つあの声。それを想うだけで、このような情動があったのかと驚くほどの歓びが喚起される。  まして毛や肌に触れた感触は手に鼻に頬に残り、どのように努力しようとも消すことができない。  ゆえに()()()と共に在るのは苦痛だ。  子狼も愛しく思えぬ。  いっそ番と共にこの森を出て、二匹だけになれたらと……何度願ったことか。  だが賢い番が秘すると決め、この身は従うと決めたのだ。  偽りとはいえ、子を成した雌と棲まう巣から離れたなら、秘するべきが露見するかもしれぬと思えば、耐えるしかない。  それでも番を想えば雌の匂いが近くに在ることすら苦痛に感じられ、非常な努力を持って耐えつつ、番のことを考えないようにしていた。  しかし努力はすぐに水泡に帰すのだ。  姿を目にせずとも声を聞かずとも、匂い、気配……それを感じ取るだけで心拍は上がる。遠く感じ取るだけで、常に心揺さぶられる、愛しい、愛しいもの。  ……だがこれは違う。 「……これは……なんだ」  こんなものは感じたことが無い。  なんだこの匂いは。なんと蠱惑的なのか。こんな―――  すべての毛が逆立ち、血が沸騰するような、このような感覚は知らぬ。 「……匂い……我が番……菫の白蜜」  腰の奥、身体の中心から湧き上がる熱いもの。覚えたことのない強き衝動。  分からぬ。こんなものは知らぬ。なにか強いものに衝き動かされ、思考もおぼつかぬ。  にもかかわらず身体はその匂いへと向かい走りだしていた。 「ああ……なんという」  どんどん近づいて来る匂い、まちがいなくこれは、愛しい我が番。  いつも良い香りだが……いや、これは違う。  徐々に心胆が揺さぶられるかのように、我が衝動を喚起する、これは……ただ共に在りたいと その想いのみに衝き動かされ、鈍重なはずのデカいだけの身体が、驚くほど俊敏に動く。 「白銅の銀鼠!!」  耳に心地よい声が、我が名を呼ぶ。番が与えてくれた、美しい名を。  匂いを、気配を感じ、姿も目にしたいと、我が視界は常よりはっきりと世界を映す。だがまだ見えぬ。瞬く間も惜しんで姿を探しつつ駆ける。 「白銅の銀鼠!」 「菫の白蜜!!」  気付くとほぼ同時に吠えるような声を返していた。  その瞬間(とき)、茂みから躍り出た淡い金の毛。 「白銅の銀鼠!」 「菫の白蜜!!」  常よりいっそう深い紫の瞳に煌めく金が散り、我が名を呼ぶ声が腰の奥まで響く。  互いに全速で駆け寄り、ぶつかり合うと同時、鼻を擦りつける。  ああなんと蠱惑的な匂い。  身体も擦りつけ合えば、互いの股間の硬いものも擦られ、頭の芯が、腰の奥が、痺れる。 「ああ……どうしたらよいのだ、菫の白蜜。そなたと番いたい」 「私も、私もです。同じです、ああ、このまま……」  滾るような衝動が身の内で暴れている。しかし 「そなたも雄、アルファとオメガならぬ我らは番えぬ」  殺しきれぬ衝動と口惜しさで噛みしめる歯がギリギリと軋むような音を立てる。  すると我が番は、獰猛に笑んだ。 「いいえ、いいえ、できます」 「なんと申した」 「子は成せぬでしょう、けれど……私たちは、ひとつに」  見開かれた金の煌めく紫の瞳に、吸い込まれそうだ。  菫の白蜜は、背を撫でていたわが手を腰まで下ろす。そして我が手を尾に隠れる位置、尻の狭間に押し当てる。 「ここを、使うのです」 「なに……? しかし……」  美しい我が番は紫の瞳の金を煌めかせ、蠱惑的に笑んだ。 「ここにあなたの……」  残る手が我が股間を、石のごとく硬く勃ち上がったモノを撫で上げる。  ただそれだけで、我が図体は大仰に震えた。 「これを」 「…………なんと」  上気した頬で、弾むような息をいったん呑み込んだ我が番は、ゆっくりと震えるような息を吐いた。  先から高鳴り続ける心の臓は、その息に、瞳に、……匂いに撃ち抜かれ、我が陽物はドクンと震える。 「どうするか、知っています。私に、任せて……?」  腰を押し付け、揺れる番。我が陽物と番のそれが触れ合い、身体の芯が痺れる。血の気の勝る濃い赤の舌が、べろりと我が頬を舐めた。ぞくりと全身の毛が逆立ち、悪寒にも似た何かが背筋を走る。  それは歓びでもあった。  番も同じく、この身を求め、興奮している。 「だから、だから……」 「菫の白蜜……」  我が番は衣を肩から落とし、白い肌を晒す。  月の灯りすら届かぬ森の中であるのに……その身体は輝いていた。 「白銅の銀鼠。私に」  匂いを、気配を感じた時から発していた異変。  薬を使って子作りをした、あのときとは全く違う。  身の裡より湧き上がる衝動。 「……あなたの、子種を……」  告げつつ、番は傍らの樹にしどけなく抱き着く。気づけばその身体を背後から覆うように抱きしめ、首の付け根に鼻を擦りつけていた。 「その前に……」  片手で尻の狭間を広げて見せながら、こちらを見て言った番は、ほうと息を吐いて嫣然と笑み、舌が唇をゆるりと撫でるように動く。 「ここを舐めて」  命ずるような囁き。同時に舌なめずりする番。  気づけば番の背後に膝をつき、尻の狭間に口をつけていた。  舌を伸ばすと、番のそこは、くちゅりと音を立て、我が舌を受け入れる。 「…………ぁ……」  あえかな声が漏れると同時、この身を狂わせる扇情的な香りがこの身を包む。夢中になって舌を伸ばし、より深くまで差し入れる。 「……ぁ、はぁ……ぁぁ、……」  狭いはずのそこは、我が舌をキュウと締め付けながら、もっと奥へと誘うように蠢く。  我が唾液か、番の底から溢れたか、いつしか甘露が滴り落ちていた。  夢中になって唇を押し付け、零れ落ちる甘露を啜りながら、気付けば白い尻に爪を立てていた。  この尻に噛り付きたい。  この身体すべて、我がものとするのだ。喰らい尽くし血の一滴まですべて啜って我が身に取り込みたい。 「ぁ、白銅の……そ、こ……」  艶やかな囁きが我が耳を打つ。  何かに命じられたかのように衣をはだけ、いきり勃つ陽物をそこに押し当てて、ぐりぐりと腰を勧めてねじ込んでいく。 「あっ! ぁぁああ……っ、はくど、のぎんね……っ!」  声が上がると同時、この身を包む淫靡な匂い。  陽物を押し込む動きを止めることなく、首の根に牙を立てていた。 「……っ! ぁあっ! あああぁぁ……っ!」  我が番の精が樹の肌に飛び散り、この身を蠱惑する匂いが強まる。  噛みついた首の根より溢れる血を、夢中になって啜る。  それが正しいと、この身は知っていた。 「あっ、あっ、ぁぁああ……っ!」  なんという蠱惑的な声。  なんという甘露。 「ぅく、うぁ、はぁっ、ぁぁっ、また……っ!」  いつしか我が陽物は番の中にすべて収まり、またも我が番の精が吐き出される。  なんという匂い。  衝動がこの身を動かす。さらに奥へと陽物を突き立てる。  これは我が物である。  汗の一滴、毛の一筋まで我がものである。  血も肉もこの声も匂いも、すべてが我がものである。  腰を打ち付ける動きは激しさを増していく。  気付けばこの身も番も、狼に変化していた。  突き立てた陽物の付け根は肥大し、注ぎ込む子種の一滴も漏らすまいとする。  子種を吐き出しても衝動は止まず、腰を打ち付け続ける。  なんという歓び。  なんという充足。  これこそが、ここまで生きてきた意味。  虐げられ、侮られ、ないがしろにされてきた。  図体だけの役立たずと。精霊に好かれていないのだと。だから受けた恵みが少ないのだと。  そのざまで何のために生きるのかと問われ、答えることができなかった。  それでも―――運命を求めていた。  ずっと、ずっと……それだけを求め、この郷に居ついた。  ここに留まろうと思えたのは、番と出会うためだった。  今こうするために、この身はここにある。  Wow oh oh oh oh oh oh……ohh  我が番の遠吠え。  Wow oh oh oh oh oh oh……ohh  我が喉を迸る遠吠え。  Wow oh oh oh oh oh oh……ohh  二匹の遠吠えは呼応し合い、響かせ合い、心胆からの歓びを共有する。  止むことなく交合は続く。  何度番の中に精をぶちまけたか分からぬほどに、この身は止まらず番も我を求め続ける。  番はわが前足に噛みつき、我が血を啜る。  首の付け根に、肩口に、噛みついては血を啜る。  だが毛一筋も血に汚れはしない。  一滴残らず我が身が取り込むからだ。  互いの血を、肉を、互いの身の裡に包含(ほうがん)し、我らは同一になる。  心胆から、血流から、汗も涙も唾液も……放つ精まで。このとき我らは同じ匂いを放ち、同じ色を持ち、同じ気配を纏う。  二匹でひとつ。  我らは真なる番である。
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