8.陥穽 pitfall

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  ●背景 「……言えよ。何がしてぇのか分んねぇとな? オレも何したらいいか、わっかんねぇ~の」 「望み……そうですね」  カイ筆頭に問われたそのとき、私は薄く笑んで答えた。 「あのアルファは、アルファであってはいけない。……と思っています」 「へぇ~。こりゃまた」  カイ筆頭は演技でない驚きを見せる。 「そのための算段は進めていますが」 「……仮にも精霊がぁ、認めてんだぞぉ? どうやって追い落とす? んでおまえがアルファになるってのかぁ?」 「いえ、成り替わるのではなく、郷から出すのです。黄金の郷へ向かわせる」 「おいおい、何言ってんだ。アルファとオメガは郷から出ねぇよぉ?」  それは人狼の常識だ。  理由は知られていないが、みな『そういうもの』と認識している。  おそらく自らを言祝いだ精霊の森から離れたアルファは言祝ぎを失い、絶対的強者ではなくなるからだろう、と推測しているが定かではない。  そしてオメガは基本、アルファと共に在る。まあ、あのオメガ(バカ)はアルファから離れないだろうが。 「けれど、()()()()()()郷の裡であれば、郷内を移動するに問題など無いと判断するでしょう?」 「はぁ? 黄金の郷は他郷だろぉ~が」 「そうなんですけどね。そう仕向けようかなと」 「ンなことできねぇだろ~が」 「……あのオメガは産んだ子が成人しても可愛がっていますよね」  ニィっと笑んでやれば、カイ筆頭は目を瞬かせる。 「人狼にとって親子など、なんの意味も無い。にも拘らずバカは自らが生んだ仔を特別扱いしています」 「ああ~、確かに色々言う奴ぁ多いなぁ~」 「ですが耳が無いのか気にしていないのか、あのバカはお構いなし。……愚かにもほどがあります」 「バカ……ああ、オメガなぁ……おまえあいつ嫌いだよなぁ」 「向こうが私を嫌っているのです」  カイ筆頭は頭の毛をぐしゃぐしゃとかき乱す。 「お互い様かよぉ。つってもなぁ」 「バカにはバカの使いどころがある。バカが二匹揃えば、逆に説得力も増すというものです」 「二匹……あぁ、そぉいやぁ~おまえ適当言いふらしてたよなぁ?」  ヘラッと笑って混ぜ返せば、冷え込んだ眼差しが返り、カイ筆頭は笑みを引きつらせた。 「ええ、あの愚かな黒い人狼」 「……アイツ目当てかぁ~? ……でもよぉ」  デルタたちを使って流した噂は、三つ。  『黄金の郷は弱っている』  『黄金のアルファや黄金の郷のガンマは無能』  そして  『同じ精霊を奉じていれば、同じ郷』 「いやいや、なんだその噂。ありえねぇだろう、普通に考えて」  さもあらん。たとえ奉じる精霊が同じだったとしても、他郷は他郷。アルファの力が及ぶのは自らの郷だけだ。まして子が他郷のアルファになったからなんだというのか。  ありえない戯言(ざれごと)、真っ当な人狼なら信じる筈もない。だからこそ噂好きたちは、笑い飛ばしながら無責任に話していたのだ。  そうでなくとも以前から『若狼が次のアルファだと言っている』『精霊の言祝ぎがあったってこと?』『アルファは衰えていないよな』『まだ先の話だろ』といった噂が流れていたくらいだ。黒い人狼の評価は低い。  人狼の常識を教えられても身に着けずに成獣となった()()は、若狼を番と公言している。愚かな()()は『共に在りたい』欲求に抗えないのだ。でなければ『次代のアルファは自分』と公言するなどという愚かさを露わにはするまい。  だが私は知っている。番と共に在りたいという欲求が、いかに強いか。  さらに漆黒の人狼(わかいバカ)は、自らを優秀と思っているようだった。成人の儀を越えたばかりで万能感に満たされている時期でもある。望む結果を得ようと熱望するあまり、都合の良い考えを示されたなら、それこそが真実であろうと信じる、いや。  そうであるに違いないと、その考えに固執し、暴走するのではないか。  黒い人狼がその気になっているのは明らかだが、親たるアルファを弑しては同族殺しの(そし)りを免れないし、同族殺しがアルファたるなどありえない。であれば、バカはどう考えるか。  他郷のアルファになれば良い、と考えるだろう。 「……と、期待して、噂を流しました」  無論、簡単に進むわけがない、と思っていた。次の手も考えているし、いずれにしてもまだ時間もかかるだろう。むしろ最も有効に事態を動かすために、時機を見定めねばと考えていた。 「ですが、拍子抜けするほどうまく行っています」 「まぁじかぁ~」 「そしてアルファには、もう一匹のバカになってもらわねばならない。そこであなたにお願いです」  カイ筆頭はうんざりした顔で私を見る。 「アルファへの報告で、黄金の郷が実際弱っていると思わせてほしい。そして黄金のアルファには、カイの探索を誤らせたいと伝えてください。たとえば子狼を隠すとか、郷の人狼の数を少なく見積もらせるとか」  記録によれば、あのアルファは水の道向こうにあった他郷を併呑し、森とそこにいた人狼どもを掌握したという。それを記したシグマは記録の中でアルファの所業を非難していたが、今はこの郷にいない。どこに行ったのかはどの人狼も知らなかった。  ともあれ私は、かつての成功体験が、判断を誤らせることを狙っているのだ。 「けどよぉ? 下手に大挙して攻め込んだりしたら、黄金の郷がやられっちまうかもぉ~、だぜぇ? オレはあの郷の精霊に言祝がれてんだぞぉ? そぉんなコトんなったら、おまえだってヤバイんじゃぁねえのかぁ?」 「ええ。そこでもうひとつ、お願いです」  カイ筆頭はヘラりと笑いを貼りつけつつ動きを止める。その緑の眼差しは、鋭い光を帯びていた。 「……お願い~、ねぇ~?」 「はい。実は……」  寒の戻りが来る。  クィーナから得た情報を伝え、天候の荒れる時期に攻め込ませるよう誘導したいことも伝える。  そして黄金のアルファには、そのころ襲いに来るだろうということを伝えておくよう依頼しつつ、できればこの郷に報せる探索の結果を誤らせるよう仕向けるといいかも、と言うと、カイ筆頭はニマァと笑った。 「もう既にやってんぞぉ~。めっちゃ数少なく見積もらせてぇ~、子狼(ガキ)と雌は隠してぇ、てな」 「さすが。ではもう、良きように計らって下さい。お任せします、とお伝えいただけますか」 「はぁ~い」  我が郷の人狼は『寒の戻り』を知らないので驚き慌てるだろう。そのうえ予測より多くの人狼の反撃に遭えば、どうなるか。  いずれにしろ、難儀したとき『これは精霊が望まぬこと』『ゆえにこのような目に合うのだ』と判断する。それが人狼の考え方だ。 「……でぇ、この郷ってその後はぁ、どうなんのぉ?」  勝利したアルファは精霊に選ばれている。負けた人狼は逆らえない。勝った郷のアルファが望めば、人狼はその郷に帰属することとなるだろう。かつてこの郷のアルファが、そうしたように。  つまり、この郷の人狼が極端に減る、ということだ。 「そのあたりは、黄金のアルファと相談しなければ……まあそれは後々でいいでしょう」  私がにっこりと笑いかえると、カイ筆頭は溜息まじりに「わぁかったよぉ~」と言い、アルファの館へ向かったのだった。   ◆   ◇   ◆  アルファへ報告を済ませ、一晩休んだのちカイ二席の元へ戻り、探索を交代し。  一匹で黄金のアルファにまみえたカイ筆頭は、紫のシグマが言っていたことを伝えた。 「つうことぉ、だそうですぅ」 「……我が親族は、なかなかに姑息である」 「なんでぇ、『良きように計らって下さい。お任せします』だそうですぅ」  満足げに頷く黄金のアルファに、カイ筆頭はヘラりと笑って地に伏し背を丸めた。  心からこのアルファに従うという、意思を見せたのだ。
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