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それをきっかけに“会社の人”だった人は“仁科さん”に変わる。会釈だった挨拶は『おはよう』って言葉がついて、距離がある時は軽く手を挙げたり、手を振ってくれたりに変わった。
エレベーターや廊下でばったり会えば言葉を交わすようになった。彼女との会話は楽しいもので、気の利いた返しは異性だから成り立つものも含まれていて、わずかな高揚感を残した。
「また飲みに行きたいね」
そんな言葉が彼女から出てきた時はすぐに
「いつにする? 」
と約束を取り付けた。……それは二人でというものではなく、彼女も俺もみんなでというニュアンスだった。それでよかった。学生時代、クラス替えで新しいクラスメイト、しかも女子と仲良くなっていく過程のちょっと楽しい感じと似ていた。
普段はどちらかというと綺麗な感じの彼女が、笑うと可愛くなるのは見ていて気持ちが緩む。
そう思うのは、俺だけじゃなかったことには直ぐに気が付いた。彼女は割と人気がある。誰かのそれが単に“いいな”って思う程度なのか、それとも完全なる好意なのか、そこまではわからなかったが。
――何度かみんなで飲みに行ったころ、たまたま彼女と席が離れた。その時の飲み会はいつもより楽しくなかった。その時間は彼女の動向が気がかりで、俺ではない男に向ける可愛い笑顔に気持ちは緩むどころか、紙をぐしゃぐしゃに丸めたくなるような苛立ちを感じた。
飲みに行くのが楽しかったのは、彼女が――仁科多江がいるからだと気づかされた。
しきりに見てしまっていては、ついに目が合う。仁科さんが俺に笑顔を向けて手を振った。そのまま自分のグラスを持って俺の横へと来て腰を下ろした。
「私がわからない話が始まったから、こっちきちゃった。ここにいさせてね」
そう言って笑う。
「何だよ、それ」
なんて言いながら顔が緩む。ああ、何だよ、これ。嬉しいなんて。
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