新宿三丁目交差点

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新宿三丁目交差点

半年前、俺の部署に厄介な男が飛ばされて来た。 マーケティング部から営業部、そして今度はこの総務部へと社内を転々と放浪して来たやつだった。要するに厄介払いだ。 パッと見は今風の小綺麗な顔をした優男で妙に艶っぽいところがあるが、協調性がなく自分勝手。遅刻は常習的でデスク周りの整理整頓が壊滅的。  なのに平社員の分際で社の経営方針にいちゃもんをつけるとくれば、当然方々で煙たがられる。 首にならずに総務へ飛ばされたのも、要するに会社組織と言うものを一から学べと言う社長の温情なのだ。 それは良いが、何で課長を飛ばして部長のこの俺が…。 「頼みます部長!有田と言うやつはどうも私の手には余りまして、ここは一つ部長のお力を…」 「君が直属の上司だろう金杉課長、なんとかしたまえよ」 「そこを何とか!」 そう部下に泣きつかれては無碍にもできない。 まったく頭が少々良くて生意気な部下ほど御し難い。 俺はこの男に部下でもつけてやれば少しは色々な立場で考えることが出来るようになるだろうと考えた。 「有田。明日から稲森と言う新人が入ってくるから一緒に上手くやってくれ」 「え、俺一人でいいっす、気楽だしかったるいっす」 だが俺は強引に有田に押し付けた。 その甲斐あってか有田にも少しは自覚が芽生えてきたのか、まずは雑然としていたデスク周りが近頃片付いていることに気がついた。 (よしよし、上司として褒めてやるか) ところがだ…。 「おっ、ありがとう〜稲森君のお陰で快適だよ〜」 「あ、有田さん。これくらい良いですよ、おれ整理整頓とか得意なんで」 そう言う稲森に有田はよしよしと頭を撫でている。 嬉しそうにヘラヘラと! (ヘラヘラとだと?別に良いじゃないかあの有田が同僚とうまくやっているのだ) 俺が有田を厄介だと言ったのには、単に仕事だけのことではない。 そんな有田を気にしている俺自身が猛烈に気になるのだ。 (稲森は俺が有田に宛てがってやったんだぞ! 俺が妬いているだと? バカな!俺は単に上司の立場で気になるだけだ! そうだ、上司の立場で!) 「有田、どうだ稲森とうまくやってるみたいじゃないか」 「…へえ?気になりますか?」 「…稲森を自分の雑用に使うなって事だ」 アンタが強引にあてがったくせに! あいつのどこか拗ねたような試すようなその目が俺にそう言っていた。 それなのに何故お前は俺を誘う。 「部長、飯行きませんか」 「良いのか?稲森と行けば良いじゃないか、お前も上司なんかと一緒じゃ気まづいだろう」 「やだな部長、妬いちゃって」 「バカを言ってんじゃないよ」 屈託なく。 親しげに。 その顔が、その声が俺の頭の中をチラつき占拠する。 「有田。屁理屈はよせ、優先順位を考えろ!お前は経営者か!もっと大曲を見ろ」 「トップダウンよりボトムアップですよ!そんなんだからダメなんだこの会社は!」 奴は平気で主人を鋭い爪で引っ掻く。 気ままで生意気で厄介で我儘。 くるくると表情を変えるこの猫に 俺は惹かれているとでも言うのか? そんな時、猫についての噂が聞こえてきた。 何か大きくミスをすればこいつを切れると上層部は考えているらしいと。 そんなある日、とうとう有田は穴に落ちた。 タイアップしている大口顧客を怒らせたのだ。 「社長、先方には俺が謝りに行きます」 「やめておけ、奴に自分でケツを拭かせろ」 「いえ、俺は奴の上司ですから。最後には俺が拭います」 あのドラ猫が今回ばかりは青ざめていた。 あの図太くプライドの高い奴が、社長室から出てきた時、その目がうっすらと涙で潤んでいるように見えた。 その夜、俺は初めて男同士のビデオを見た。 若いサラリーマンが裸にむかれ、拘束されて鞭打たれるビデオだ。 赤いロープ。 赤い蝋燭。 赤いシーツ。 苦悶し、泣きながら許してくれと、プライドをかなぐり捨てて懇願するその男の顔が有田に良く似ていた。 俺はそれを見て果てていた。 何故こんなことになったのだ。 女が好きだったこの俺が何故! 妻に先立たれて五年、寂しかったからなのか? 俺の中で何がどうなっているんだ! 訳がわからない! あんな男が何だって言うんだ! 俺の気など知らないお気楽な有田め! 俺の中はぐちゃぐちゃだ! その日俺と有田は菓子折りを持って先方に詫びを入れに行った。 予報は曇りのはずなのに、外は小雨が降っていた。 「部長、今日は一緒に行って頂いてありがとうございました」 「まあ、先方の腹の虫が治って良かったじゃないか。日頃だれかれ構わず噛み付くのは癖になる。社内ならまだいいが…分かるな、有田」 「あの、お礼に一杯どうですか…」 (気軽に一杯など誘うなバカめ! お前と一杯など呑んだら俺は何をするか分からない。 俺の気など知らない癖に、クソ!この男が本当に憎らしい) 「いや、良い」 「じゃあオレ、タクシー拾います」 「ーーああ」 俺がそう言うと有田はそぼふる雨の中、おり良く来たタクシーを拾うと俺を乗せた。 「じゃ、部長お気をつけて」 俺はタクシーへと乗り込んで窓を開けた。 「有田」 「…?、なんすか」 窓に顔を近づけてくる有田のネクタイを俺は強引に引き寄せると、何も警戒心のないその唇にキスをしてやった。 ほんの一瞬、周囲の雑踏が途切れた。 昼下がりの新宿三丁目、小雨降る交差点のど真ん中。行き交う人々の中で俺は突き放すように有田のネクタイから手を離した。 「運転手さん、馬喰町まで」 俺はタクシーの窓を閉めると何事もなかったように運転手にそう告げた。 バックミラーに遠ざかる有田は、口元に手を当てたまま呆然と路上に立っていた。 ヤつがどう思ったかなんて知るものか! その後のことなんぞ知るものか! 有田め!俺と同じようにぐちゃぐちゃになってしまえ! end.
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