魔法の言葉に変わる時

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◆2回目のプロポーズ◆ 「オレ、もうスポーツ選手は止める事にしたよ」 リハビリを死ぬほど頑張ったのに、椎名は膝に致命的な後遺症が残り、選手には復帰できなかった。 でも椎名の変わらない明るさが救いだった。 だけど椎名は色々な事に挑戦したがどれも日の目は見る事はなかった。 オレが念願の会計士の資格を取った頃、椎名はとうとうスポーツの世界からドロップアウトした。 いつも常に高い目標を見つめて頑張って来た男は他の生き方を知らなかったのだ。 椎名はオレの心配を他所に、体格を活かした怪しい会社の用心棒になって、裏社会の入り口に片足を突っ込んでいた。 いつしかキラキラ輝いていた瞳は光を失い、気づいた時には塀の中の住人になっていた。 面会室の仕切られたアクリル板の向こう側で、あれだけ大きかったやつの体躯はオレには小さく見えた。 「ーー元気か椎名」 「…ああ、……元気だ」 そう言って椎名はオレの前で初めて泣いた。 誰よりも頑張る男が誰よりも報われない。 やつの人生にオレは友達としてでしか関われない。 それが酷く歯痒くて悔しい。 『俺のお嫁さんになって』 あの時、良いよと答えていたら今頃どうなっていたのだろうか。 初犯だったこともあり、椎名は一年後には刑期を終えていた。 「椎名、遠慮しないでたくさん食え!焼肉好きだろう?」 「…すまないな、真白。俺、必ず挽回してお前に報いるよ、俺いま考えてることがあってさ、」 煙の立つ焼き網の向こう側で、椎名は突拍子もないことを言い始めた。 「俺、タピオカで事業を興そうと思うんだ」 「はあ?タピオカぁ? なに言ってんのお前、今更手垢のついたタピオカなんてやめておけ、断言するがお前には商才も勝算も無いぞ!」 「タピオカがダメなら錦鯉のバイヤーってのは? 今海外で錦鯉が大ブームらしくてな、」 「錦鯉?!まてまてまて、待てよ椎名!お前、脳味噌を筋肉の餌にでもしちまったんじゃないの?」 こいつを何とかしてやらないと、このままではこいつの人生はダメになる! そう思ったら、オレは…。 「椎名…、なあ椎名。オレをお前の嫁にしろ!」 「…え?」 「オレがお前の人生をマネージメントしてやる!だからオレを嫁にしろ!」 オレの方こそ頭がおかしくなったのかもしれない。 なんでキラキラしていたあの頃じゃなく、こんなにボロ雑巾になってから決心がついまうんだ! オレも大概脳味噌がヤラレてる! 「…でも俺は…」 椎名の目が泳いでいた。 無理もない。椎名は女が好きなんだ。 「椎名、ご、ごめん!オレどうかしてた。今のは忘れろ」 オレも椎名も狼狽えていた。 ああオレはバカだ。 ずっと隠して来たのに、なんで今更こんな事! 関係が崩れるくらいなら一生椎名に思われなくたって良かったのに! 椎名は困ったような怒ったような顔で立ち上がった。 「俺は……!俺は今、お前を好きだって言ったらダメなんだ」 「なんで? やっぱり…女がいいか」 「違う!そう言う 事じゃない。 今好きだって言ったら、お前の善意や誠意が目当てだって思われる。 俺、…ごめん帰るよ」 「待てよっ!椎名!」 帰ろうとする椎名を追いかけようとした時、オレは椅子の足に躓いた。 「真白!」 倒れると思った瞬間、太い腕にオレは抱き止められていた。 厚い胸板、逞しい腕。顔を埋めた太い首筋から椎名の匂いが濃厚に漂った。 オレはこれが欲しかったんじゃないのか? 衆目に晒された焼肉屋の一角で、オレ達は固く抱き合ったままでいた。 「は、離せよ…椎名、恥ずい…っから!」 力強くがっちりとオレをホールドした腕が、雄弁に好きだと叫んでいた。 「ごめん、真白、お前が今でも俺は大好きだ」 窒息しそうなその腕の中、震える椎名の告白を聞きながら、オレはその背中を摩り耳元でそっと囁いた。 「お前が上腕二頭筋を鍛えてた頃、オレは心の筋肉を鍛えてたんだ。お前と付き合うには必要だろう?」 オレの話に耳を傾けながら、椎名が何度も頷いてぽそりと言った。 「真白…。俺のお嫁さんになって」 それは二度目のプロポーズだった。もうここで断ったりするものか! 「…良いよ」とオレは今度こそ即答していた。 あの日の呪いの言葉が今やっと、オレには魔法の言葉に変わった気がしたよ。 fin.
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