言い訳できないほどの恋

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言い訳できないほどの恋

part1. オレは藤城呉服店の次男坊。これでも二号店の店長を任され、店はそこそこの繁盛店だ。その店をオレと伴侶と二人の従業員で切り盛りしている。 まあ、ここまで来るのにも色々とゴタゴタとあったのだ。一件落着と思いきや、今でも相変わらずゴタゴタとした日々だ。 「有難うございました。お直しは二週間後ですので、お気をつけてお越し下さいませ」 そう言って愛想よく客を見送っている着物の別嬪さんがオレの伴侶、白山棗(しろやまなつめ)だ。 棗は元々女性着物のモデルをしていたこともあり、顔も肩幅も小さい着物美人だ。 黒髪ボブの愛くるしい顔は黙っていれば女の子にしか見えない。 そう、こんな格好をしていても棗は男の子なのだ。 だが巷で言う「男の娘」ともちょっと違う。 そんな棗はその可愛らしい見た目を裏切り、時に計算高く抜け目がなくて、嘘つきで残酷な浮気者でもある。 いや、浮気者というのは少し違う。なぜなら棗はオレのことを心から愛している情の深い人間でもある。 こんな複雑な棗を愛せるのはきっとこの世にたった一人、藤城李仁(ふじきりひと)。このオレだけだ。 「だから李仁さん、あの書道家先生とは浮気と言じゃありません! いいですか?李仁さん、セックスなんて愛がなくても出来るんです。 そんなものが愛情の指標になると言うんですか? 私は李仁さんとしか心を通わせたセックスはしません!酷いです、私をお疑いですか?」 そう言って棗は大きな目に涙をいっぱいに溜めてオレを可愛く睨んでくる。 そうすると、どんな無茶な屁理屈だとしてもオレはタジタジとなってしまう。 「う、、そ、そうだよね!君の言い分によると、そうなんだろうね! あの書道家先生とは単に好奇心と向学心からセックス致したと、そう言う理屈なんだよね?!」 「はい、そうです!だから本気ではありませんし、勿論浮気ですらありません!李仁さんの気分を害してしまったのなら謝ります。 でも、私は李仁さんとのエッチの時に何か参考にならないかと思って…マンネリにならないようにと思って…それで…」 そんな屁理屈が通用するかと思うのに、チラチラと上目にオレをうかがい見て眉尻を下げる棗を見ると強く言えない。 こんな仕草にも、オレを愛していると言う棗の本心と、なんとか言いを逃れしたいと言う棗の狡さが見え隠れする。 誰がどう聞いてもこれは「浮気」だ。だが棗は本当にそうは思っていない。 セックスと言う行為は同じでも、棗にとって愛のあるセックスとそこに愛が介在しないセックスは天と地ほども違うのだ。それはまるきり違う行為なのだ。 同じ土俵で論じようとするとそのベクトルはおかしな方向へと向かっていく。 自分を信じていないのか、愛していないのかと詰られる。 その癖オレがちょっとでも他所に目をやるとすぐに嫉妬してむくれてしまう。 自分の貞操観念とオレに対する貞操観念が不公平なほど違う。実に面倒くさいし腹立たしい。 それなのにオレは棗が好きで好きでたまらない。 こんな風に性に奔放で非常識な奴が生まれたのには過去の特殊な生い立ちもある。 棗の養父は彼に性虐待を加え、十六歳になるまで彼を性奴隷として育て上げたのだ。 棗の母という人は棗を全く気にかけない女だった。 義父はそんな棗の母を愛していたが、同時に不能だった。棗の本当の父親は別にいる。 義父の屈折し、鬱屈した思いが捻れた愛となって幼い棗に向かったのだ。 そんな父親にも関わらず、親の愛が欲しくて、愛されたくて支配され続けていた棗。 その父親が海外赴任のため棗は義祖母に預けられ、ようやくその呪縛から逃れることが出来たのだ。 それはオレ達が出会うずっと前の話だ。 「おい、李仁。お前んとこの嫁さん、最近どうだ、大人しくしてるか」 馴染みの店のカウンター席で友人の智也が心配そうな顔でオレを見る。 互いに手にしたグラスはウィスキー。 「まあ、相変わらずだな」 「お前等もう何年になる」 「別れていた時期を含めると、そうだなかれこれ六年にはなるか」 「あんな奴と良くもってるな、あんな不誠実な奴のどこが良い」 智也は小中高とずっと一緒に育って来た幼馴染だ。お互い商店街の子供でこっちは呉服屋、智也は酒屋の同じく次男坊。オレのことなら大概何でも知った仲だ。そして同時にオレに思いを寄せていた男でもある。 そんなものだから、オレの気持ちをかき乱す棗の事が憎らしくて仕方ないのだ。 「あんな奴って言うなよ。あれでもオレに誠心誠意尽くしてくれてるんだ」 「何度も浮気されてか!あれでも誠心誠意って言えるのか!人が良すぎるにも程があるぞ!お前がそんなんだから奴がつけあがるんだ」 智也の酒のピッチがグンと早くなる。 「そんなに奴とのセックスは良いか」 「…ああ、最高だ」 オレはケロリと言って煙草をふかした。 「この野郎!オレの前でぬけぬけと言いやがる!」 「ハハ、だってお前が聞いたんじゃないか」 そう、棗との営みは他の誰とも違う。こんなに相性の良い相手とそうそう巡り会えるものではないと思えるほどに。 棗は他の人間なら躊躇するような行為も喜んで受け入れる。 献身的に、情熱的に、オレの要求に応え、オレを死ぬほど甘やかす。 指先が触れただけで全身が燃え上がり、心も体も引き合い狂ったように貪り合う。 棗は昂ぶって来ると滑らかな肌や滴る汗から花が香る。 それはまるで媚薬のようにオレの脳髄を痺れさせ蕩かせてしまう。 かつてセックスのカリスマと言われた棗の、その震えるような花弁が振り散る時、棗がオレのものになったと言う恍惚とした感覚がオレのつまらぬ征服欲を満してくれるのだ。 それがどんな味なのか、味わったことのない者には分からない。 棗は幼い頃に枯渇していた愛をオレから目一杯吸い上げ、オレは惜しみなくそれを与えてやれる。 共依存という言葉があるが、オレ達はそんな関係なのかもしれない。 二人とも強か呑んで帰る頃には外は雨になっていた。
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