宇宙目線で考える

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宇宙目線で考える

 文月は厨房の暖簾に目を移した。  ちょうど、おかみさんが賄いをお盆に乗せて持って来るところだった。  速足で滑るように近づいて、音を立てずに丼飯と焼き魚とおしんこ、味噌汁を置いた。 「うちの賄いは、一番の自慢料理さ。  これも調査の内ってことで、味わってちょうだい」  また笑顔を見せて、忙しそうに戻って行った。 「ふうむ。  一番の自慢料理か ───」 「これは、調査しなくては」  割り箸がいっぱいに詰まった箸立てに手を伸ばした。 「SDGsも考えて割り箸はやめた方がいいかもね」  文月は眉間に皺を寄せ段々と渋い顔になっているように見えた。 「あとは ───  そうそう、ポイント貯めてプレゼントキャンペーンとか」  ふう、と大きくため息をつくと、文月は両手にこぶしを作ってテーブルに置いた。 「ダメですか ───」  眼を閉じて(かぶり)を振った。  苦し気に顔を手で覆い、またため息が出る。 「ダメだねえ。  全部ダメだよ」  少し飯とおしんこを(かじ)ってから、焼き魚に箸をつけた。  変哲のないアジの開きである。  ただ、さすがプロの仕事である。  表面がこんがり焼けて、身が少しほどける柔らかさ。  少ししょっぱさを感じる香ばしさ。  口に(よだれ)(にじ)んでくる。  1㎝ほど身をつまんで口に運んだ。  歯触りがほどよくプリプリしていて、小さいのに噛み応えがある。  口の中に海が広がっていくかのようだ。 「うまい!」  文月が今日初めて感情を表した気がした。 「ほんとだ、おいしい」  2人は話題を忘れて(むさぼ)り食ってしまった。  味噌汁のダシもいい。  魚の香ばしさをさらに高めて余韻を残す。 「かつおダシかな。  魚に魚って、こんなに深い味を作るんだな ───」  すっかり平らげると、満足そうに目を細めて外の景色に目をやった。 「ねえ、なんで流行らないのかしら」  文月は大きく息を吸い込んだ。  口の中の香味が、喉の奥に広がっていく。 「宇宙目線で考えろ ───」
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