背に腹は代えられぬ

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背に腹は代えられぬ

 おかみさんが手際よく食器を重ねてお盆に乗せた。 「それでは、お話を聴きましょうか」  文月と瑞樹の向かい側に夫婦そろって座る形になった。  小さなテーブルを挟んで向かい合うと息遣いまで聞こえてきそうだ。  瑞樹は鼓動が速くなるのを感じた。  文月が目くばせをする。  おやっさんと目を合わせた。 「では、このお店を再建するためのプランをいくつかご提案いたします。  まず、会員カードを作成してはいかがでしょうか」  おかみさんの方が(うなづ)いた。 「あんた、どうだい。  どこの店でもカードを発行してるんだよう。  若い人の意見は聞いておくもんだよ」  説いて聞かせるように言う。 「ううん」  おやっさんも唸った。 「ポイント制にして、溜まったらソフトドリンク無料にするとかいかがでしょう」 「今はどこでもやってますよねえ」 「ポイントカードを持つことによって、このお店の常連さんだという意識も芽生えますよ」 「そうそう。  ポイントもらってドリンクを貰おうって思うよねえ」  おやっさんも頷いた。 「お子さんには何かサービスすると、家族連れが来るようになります」 「やってみないかい」 「周辺地域にチラシをポスティングします。  もちろんチラシは私共にお任せください。  ポスティング専門の業者を格安でご紹介いたします」 「ねえ、これしかないんじゃないかい」  お客さんが減って焦りを隠せないおかみさんは、おやっさんをつついた。 「ううん」  だが、唸るばかりで表情は変わらない。  おかみさんの反応が良く、話が盛り上がって来たところで切り札を出した。 「そして、瓶ビールをメニューに加えてお客さんにくつろいでいただける定食屋さんにするんです。  アルコールは利益率が高いので、お店の売り上げが必ず上がりますよ」 「ほらあ、あんた。  皆さんそう思ってるんだよう」 「ううむ」  眉間の(しわ)を深くして、唸り声も強くなってきた。  瑞樹は夢中になった。  自分のプランがこんなにお客さんの心を動かしている。  このお店が繁盛しているビジョンを脳裏に描いていた。  窓の外にちらりと目をやると、少し薄曇りに変わっていた。  ふんだんに差し込んでいた日光が、少し陰りを見せている。  外でクラクションや大型トラックのエアブレーキの音が聞こえて来る。  興奮した気持ちの裏に、一抹の不安がよぎった。  文月は目を閉じて腕を組み、じっと下を向いたままだった。
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