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箴言
静かに窓の外を眺めたおやっさんの眼差しが、おかみさんに向けられた。
身体を向けて、膝に手を置く。
「おまえ、この程度のことは何度も言ってきたはずだぞ。
何か足りないと思わないか」
「ねえ、あんたも頑固おやじだねえ。
いい加減覚悟決めたらどうだい」
おかみさんの語気が強くなった。
一度遠くを見てから、文月の方へ向き直った。
「それで、文月さんの方はどう思うんですか」
話題の外にいて、まったく目を開けなかった文月に矢が飛んできた。
3人の眼差しを一身に受け、重苦しい空気が両肩にのしかかる。
鼻からすうっと息を吸い込み、肩を開きながら顔を上げる。
丸まっていた背中が伸び、天井を見上げる格好になった。
窓の外がさらに暗くなってきた。
スポーツカーのブースト音やら、ガソリンエンジンの様々な音が混ざって耳に着く。
国道沿いは、食事に向いていないのではないだろうか。
瑞樹はそんな弱い気持ちに駆られた。
「蓬莱 ───」
ポツリと文月が呟いた。
「んっ。
私は蓬莱 良治といいます。
妻は蓬莱 芳子です。
苗字をそのまま付けました。
なんでも、古代中国で東の海中にある仙人が住む仙境の一つだとか。
それがなにか ───」
天井を見つめ、両腕をテーブルに置いた。
また大きく息を吸う。
「やめてください。
理念がない。
戦略の『せ』の字もありませんよ」
上から視線を下ろし、おやっさんのに合わせた。
瑞樹は背中に冷たい汗を感じた。
おやっさんは拳に力を込めた。
そして穏やかに言った。
「なぜです。
売り上げと関係ないのではないかな」
明らかに苛立っている。
お客さんを興奮させてどうするのだろうか。
にこやかだった、おかみさんも黙り込んでしまった。
文月の顔つきが険しくなり、目つきを鋭くした。
「それが、売り上げを落とした元凶ですよ」
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