どこにもいない人を追いかけた

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トキオとの八回目のデートが終わった後、私は帰り道のバスの中でスマホに向かってこの文章を書いている。 今は夜の7時で外はもう暗く、バスの窓ガラスにはスマホをのぞき込んでいる私の顔が写っている。 デートと言ってもトキオの家に行ってセックスしただけだ。こんなものはデートと呼べない。そんなデートがここ三回、続いている。 トキオとの恋愛の始まりは私の一方的な片思いだった。トキオと付き合う前、私は毎日、寝る前にトキオのことを考えた。それだけで私は幸せだった。私にとって本当に初恋と呼べるものだった。友達に協力してもらったりして、とうとう思い切って私から告白し、私たちは無事に付き合うことになった。遊園地に行ったり、映画を見に行ったり、三回目のデートの後でセックスしたりとすべて順調にいっていたはずだ。それなのに今のこのむなしさと疲労感は何だろう。 これがおとぎ話であれば二人が結ばれるまでで話は終わる。いろいろあったけど、二人は無事に結ばれて、その後、二人は幸せに暮らしましたとさ。ハッピリー・エバー・アフター。めでたし、めでたし。だが、現実ではそうはいかない。恋愛は始めるよりも続けていくほうがはるかに難しい。 どこで道を間違えたのかは分からない。初めは小さな違和感で私はそれに気づかないふりができた。でも、それがだんだん大きくなっていって今では無視できないものになった。 冷静になって考えてみると私はどこにもいない人に恋をしてしまっていたのだ。月並みな表現をしてしまうと私は恋に恋をしていたということになるのだろう。トキオという名前を持った現実にはいないトキオでない人を私は好きになり、追いかけていた。私はそのうち現実のトキオには満足できなくなり、理想と現実とのギャップにだんだんと私の心は冷めていった。ボタンの一つ目から掛け違えていたのだ。 悪いのは私だ。トキオに私の心変わりをうまく説明できるだろうか。多分無理だろう。トキオには悪いことをしたとずっと後になってから私は考えることになるのだろう。 これからいろんなめんどくさいことが起きるんだろうなと思う。友達にどうしてトキオと別れたのか話さなければいかないことを考えただけで憂鬱になる。 今後は友達の付き合い方も考えなきゃいけない。 SNSアプリを立ち上げる。SNSには二人でデートに行った時の写真がアップされている。トキオと私の二人が笑いながら顔をくっつけて画面に向かってピースしている。今となってはそういう写真を見ても何の感情もわかない。 私は今、自分がわがままであることを認める。でも私は私をこれ以上、虐めることはしない。自分に嘘をつくことはもうできない。 DMのページを開くと私はテキストを打ち込んだ。 「ごめんなさい。別れよう」 三秒間迷った後で、私は送信のボタンを押した。
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