シミ一つないマグカップ

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 十三時になった。私はリビングの黒い本革のソファに座り、テーブルに置いたノートパソコンを起動した。ズームを設定し、相談者の参加を待った。ビデオをオンにして会話することにしている。相手の顔が見えた方が充実した会話ができるからだ。 「すみません、ナオコさんでしょうか」  相談者のアヤさんが入室して来た。 「はい、そうです。アヤさんですね。本日はご購入していただきありがとうございます」 「いえいえ、とんでもないです。私も困っておりまして」  画面に映るアヤさんの顔は疲労に満ちていた。赤茶色い肌にシミシワ毛穴が目立つ。両頬も垂れ下がって黒目は濁り、鼻は膨らんでいる。イボガエルそっくりな印象だ。 「ご相談の内容、読みました。息子さんが学校で虐めを受けているということですよね」 「はい、そうなんです。もう可愛そうで見てられないのです。私から聞いても、そんなことないって言っちゃって。全く相談してくれないんです」  よくある話だ。子供にだってプライドがある。人間なのだから。その事実に目を向けず、子のことをいつまでも生まれたての赤ん坊として接していると、子はどんどん心を閉ざしていく。 「そうですよねえ。本当のことを喋ってもらうことは難しいです。特に虐めは子供側がどうしても隠しておきたい事実に違いないですから」 「はい。どうすれば良いでしょうかね」  うーん、と考える仕草をする。相談者に本気で考えているアピールをする。 「やっぱり子供に対して親は、貴方の味方ですよ、ということを常に伝えないといけないですよね」 「そりゃ当然、今も味方でますよ」  アヤさんは納得がいかないようだ。当たり前のことを言うな、と言いたげだ。 「でも、それが子供側に伝わっていないのかもしれませんよ」 「どういうことですか」 「いくらアヤさんが、息子さんのことを大事に思って、味方だと思っても息子さんが実感しなければ意味がないのです」 「はあ」  私は気分がノッてきた。やはり会話は楽しい。人と喋る時間がある日と、ない日では一日の気分が全然違う。特に人に何かを教えている時間は最高だ。 「息子さんに、お母さんはあなたの味方だよって直接言いましたか」 「いえ、そんな直接言葉にはしていませんが、態度には示しているつもりです」 「それでは伝わりません。子供には分かりやすい言葉で、直接言ってあげる必要があるのです。だって、あなたとあなたの息子さんでは人生過ごして来た時間が違うでしょ。そうなると、態度で示しても、あなたなら分かることでも、息子さんには分からないのです。息子さんには優しさを態度で示された経験があなたよりも絶対少ないのですから」 「そうですね」 「なので、今日から言葉で直接言ってあげて下さい。お母さんはあなたの味方だって」 「でも、それじゃ根本的な解決にはならないですよね」 「ええ、それからですよ。今までの話は、息子さんに安心感を与えて信頼を作り、事実を聞き出すための準備ですよ」 「どうすれば良いのでしょうか」 「息子さんから虐めの話が聞けるようになったら、紙に虐めの内容を書いて下さい」 「え、紙に書くのですか」 「はい。担任の先生と校長先生にその紙を提出してみて下さい」 「どうしてでしょうか」 「まず紙に書く理由ですね。電話など口頭で伝えても先生方が忙しい時間だったら、何も聞いてくれないからですよ。先生も他にやるべきことがあるのですから。なので、先生が時間に余裕のある時に読めるように紙に書いて提出するのです。校長先生にも送る理由ですが、担任の先生が見て見ぬふりができないようにするためです。さすがに校長先生が知っている虐めの事実を担任の先生が無視することはできないでしょう」 「なるほど。そういうことですか。ありがとうございます」
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