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気球体験
宿泊先が用意したマイクロバスで、嶋村夫婦、田所俊之、国分早希の4人は、辺り一面何も遮るものが無い丘陵地帯にたどり着く。
バスを降り、少し歩くと運動会の時の来賓席のようなテントが見え、スタッフ数人が中で準備に追われていた。
そうした折、一人のスタッフが4人に気づき、テントから出てくる。
「お待ちしてました。
新潟気球愛好会の清水です。
どうぞ、こちらへ」
その言葉に促されるようにして、4人はテントの中に入り簡易椅子に腰かける。
「まずお聞きしたい事がありまして。
皆様、気球に乗った事ってありますか?」
「いや、僕らはないです」
と嶋村が答えると、田所も
「私達も初めてですね」
と追従する。
「了解です。
ざっと、説明させて頂きますと、気球は上部のバルーンと下のかごから成り、
バーナーからの火力によって上昇する仕組みになっております。
そして気球を降下させたい場合には、リップラインと呼ばれるものを引き排気弁を開かせる事によって降下します。
今日、皆様に体験して頂くのは、風で飛ばされる事のないよう、ロープで気球をつなぎとめた係留飛行というものです。
高さは50mですので、大したことはない!はずです。
ただ、ここに来て、急に体調不良になった…という方がおられましたら
どうぞお申し出下さい。無理はいけませんから」
なぜか、妻のめぐみだけでなく、田所俊之と早希のカップルも、嶋村の顔を見る。
嶋村は、ここで引くわけにはいかないと考えたのか
「いや、大丈夫です。睡眠時間、十分取りましたし健康状態良好ですから」
と言い、皆の心配を一蹴した。
「そうですか。
頼もしいですね。では、お宅様からどうぞ」
清水の言葉に、嶋村は市場に売られていく牛のように、重い動きで気球のバスケット内に入る。妻のめぐみは、さっさと終わらせたいと思っているかのような機敏な動作で、夫の後に続く。
同乗したパイロットは、熟練者のように見え、初心者の二人を優しく出迎えた。
俊之と早希は、ゆっくりと上昇していく気球に向かって、声はかけられなかったものの、両手を大きく振り、ささやかな応援をアピールする。
真下から見ると、嶋村達の表情は伺い知れないが、出たとこ勝負の、風に吹かれてのフライトではない分、危険な事はないのだろう。
10分足らずで気球は降下し始め、地上に舞い降りた時にも、ほとんど衝撃などは無いように見えた。
「おかえりなさーい。どうでした?」
俊之が嶋村の下に駆け寄り、ねぎらう。
「ホント、こわかったぁ。強がり言ってしまい、後悔ひとしおです」
「もう、貴方ったら下見ちゃだめってあれ程言ったのに…」
「うん。俺も自分で自分がわからないよ。
たはっ」
「まぁまぁ、お二人とも十分頑張ったという事でいいじゃないですか。
そうそう、ここで一旦、お昼になるみたいですよ。
宿の方からお弁当が届いてます。
今、気球から降りたばっかりで、落ち着かないかも知れないけど」
「いや、緊張感から解放された途端に、空腹を覚えて。いつでもオッケーです」
4人はテントの中に設置されたテーブルで、届けられた弁当を広げ、都会では味わえない自然の豊かさを享受しながら、箸をすすめた。
「負け犬の遠吠えみたいですけど、自分の苦手意識でせっかくの体験を避けてしまったら、結局、後々、何でトライしなかったんだろうってなるような気がしましてね。
でも、良かった。あんな光景、なかなか見れない…」
「なるほど。そうですよね。そうした積み重ねが自信となって、身に付くというか。僕も楽しみだな」
40分ほどの昼食時間の後、清水が
「どうですか、そろそろ、乗って見ますか?まだ、早いかな」
と聞くと、俊之はさっと隣の早希を見て
「いや、行きましょう。お願いします」
と答えた。
ー気球ってこんな構造になっているんだ
バーナーからの火力に圧倒され、高い位置への恐れをさほど感じなかった早希だったが、競技では、どんどん風の吹く方向に飛ばされていく事もあると聞き足がすくむ。
俊之は俊之で、パイロットと談笑し「人生観、変わりますね」などと言っている。
「では、そろそろ下りますね」
「えぇーっ、早っ」
その言葉に惑わされる事もなく、気球は、パイロットの操作でゆっくりと降下していった。
地上に着くと、落ち着きを取り戻した嶋村がめぐみと共に、微笑みを携えて迎えてくれる。
「良かったでしょう?」
「えぇ、最高でした」
「もう、すっかり、気球にはまっちゃったみたいです」
気球体験で、三人はすっかり打ち解け、その様子を、めぐみは半ば醒めた目で見ていた。
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